10月 少女の策略、少年の底力
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『その妹、腹黒につき』
のサイドストーリーを先に読まないと意味不明になってしまうので、
お先に読んでください。
その妹、腹黒につき 

*****

そう、これは受験のストレスと暇を持て余した私の兄の一言から始まった。
 

『賭けしようぜ』
 

いつもならこんな下らない誘いなんぞばっさりお断りなのだが……
10月末にある強力歩行大会。
略して強歩大会で、私達兄妹は賭けをすることになった。

なぜなら私は拓海に悲しいかな弱みを握られている。
それは……

体 重 増 加

くそ、なんでわかったんだバカ兄め。
てか、今までやってた運動が出来ないんだからしょうがなくね?
男と一緒にされちゃ困るんだけど?
最低すぎて言葉も出ないぜ。

そんなわけで、兄のデリカシーのなさに私はキレて、勢いで勝負を受けたのだった。

ちっ。
 

思い出したら、怒りの余り持っていたマークシート用の鉛筆を折ってしまった。
が、気にしない。

まあ、ぶっちゃけあの拓海のことだ。
女になぞ余裕で勝てるぜ!
とか思っているであろう。
私がこうやって策を練りに練っていることに気づくことはまずない。
まあ、アホだからね。
 

ふ、勝利はこっちのものだわ。

私は部屋で一人ほくそ笑むのだった。


*****


「ぶえぇーくしゅっっ!」

俺はなんだか寒気を感じて大きなくしゃみをしてしまった。
うわぁー…風邪かなぁ。
 

「おいい、拓海。風邪か?てか、口ぐらい押さえろよ。オレに移る。」
 

いつものように男三人、ファミレスに集合して勉強中。
順平がウザそうに俺に言った。
いやお前最近俺に対してなんだか冷たくね?
妙に寂しさを感じるんだけど気のせいか?
 

「ねーねー、拓海、明日真穂ちゃんと強歩で賭けてるんでしょ?」
 

聡がなんだか心配そうに俺に尋ねた。
なんだか暗に負けるんじゃないかってことを言われてる気がするんだけど……
余計なお世話だっつの。
 

「ああ、そーだよ。でもなんでお前が知ってるんだ?」
 

「……いや、真穂ちゃんがさ、教室で休み時間に黙々と作業に没頭してたんだよ」
 

聡が若干引いた顔つきに変わった。
あまりいい目撃情報ではなさそうだ。
 

「で?」
 

俺が聡に続きを促すと、彼の顔が心なしか青ざめてきたような気がするが気にしない。

「何かなって思って、ノートを覗いたら、『強歩完全勝利計画~兄の奴隷化』ってタイトルが書いてあって、ノート一面によく分からない言葉がつらつらと……」
 

「……」
 

「で、おれが話聞いたら、賭けしてるって」
 

体中に悪寒が走った。
てかなんですか?
『強歩完全勝利計画~兄の奴隷化』………ってええええっ!!
妙におぞましく、穏便ではないタイトルではありませんか。

俺がただ単に思いつきで提案した賭けがここまで壮大な話になっているとは。
つーか勉強しろ勉強。
自分の不運さを俺は嘆いた。
 

*****


ついにやってきた強歩大会当日。
 

昨日9時過ぎに帰宅したが、あいつはすっかり眠りについていた。
いや、気合い入りすぎだろ。
変なところで力入れてるし。
我が妹ながらアホらしくなってくるな。
ま、提案したの俺だけど。


強歩の距離は男子30km、女子25km。
男子の方が10分早くスタートする。
ぶっちゃけ、体力的な面で俺が勝つだろうとは思うんだけど…
聡の目撃情報が無駄に気になるんだよなあ。
あいつの作戦が未知数過ぎてもう何も言えねぇ。

そんなことを思っていたら、パーンとピストルが鳴る。
 

うわぁ、やべっ!

俺はダッシュでスタートした。

視界の外で真穂が黒い笑顔でほくそ笑んでる気がしたが、考えないことにした。


*****


なんだよ……散々脅しておいて特になんもないじゃねーかよ。

10km地点を通過した。
とりあえず始めに猛烈ダッシュをかけておいたので、女子との距離の差もかなり縮めることが出来ている。
かなりの数、女子の集団を抜かしたが、まだ真穂の姿を捕らえていない。
あいつも曲がりなりに運動部だったので、ある程度はリードを作っているに違いない。
 

「…す、すいません!高田先輩!」
 

えっ?俺はびっくりして振り返ると、そこには女バレの後輩らしき子がいた。
名前知らないんだけどね。
 

「お話したいことがあるんですけど…すぐ終わるので」
 

彼女に引っ張られ、俺はわき道に連れられる。
はぁ?全く状況が読めないんだけど?

*****


スタートから10km(男子15km)地点、そろそろヤツが第一の足止めに捕まる頃だ。
私はニヤリ、ほくそ笑む。

本当なら、水香と志季と3人で走りたかったけど、バカ兄の賭けのお陰で私は単独行動せざるを得なかった。
2人は運動部じゃないからね。

第一の足止め、それはどっきり告白作戦。
元々拓海に好意を抱いていた女バレの後輩に、あることないこと言って告白をけしかけたのだ。
情熱的な彼女のことだ。
アツい告白をするだろうから、ある程度は引っ張ってくれるだろうね。

まあ彼女を万が一さらっと通過したとしても、まだそれなりに距離は開いているし、第二、第三の足止めがある。
 

私の勝算は大いにあるのだ。


*****


あのアホ野郎!
散々小汚い手を使いやがって!
 

27km地点を通過したが、未だに真穂の後ろ姿を捕らえていない。
というのも散々な足止めを食らったからだ。
 

女バレの後輩にいきなり呼び止められたと思ったら、むちゃくちゃアツい告白をされるし、
(丁重に断ったが、7~8分ロスしちまった)
行く先々で7組の怪我人に遭遇して助けを求められたり……
(3人目くらいから怪しいと思ったんだよな。ったく、どうやって協力を得たんだよ)

そんなこんなで大幅にタイムロスをしている。

まずい、あと3kmしかねぇじゃん。
いや、俺としては地道にペースを上げてるので、そろそろヤツの姿捕らえても良い頃だ。

くそっ、だけど体もキツくなってきた……
 

そんな矢先、俺は見覚えのある天然パーマの頭をかなり前に見つけた。
 

きたああああっっ!
 

「まぁぁぁほぉぉぉっっ!!!」
 

俺は恨みをたっぷりこめて大声で叫んでやった。


*****


んっ?

どっかで聞いたことがある声が聞こえたので、私は後ろを振り向くと、そこには兄の姿が。
まあ、そろそろかなぁーなんて思ってたんだけどね。

こんなこともあろうかと、用意してたんだ。第三の足止め。
私はハーフパンツから大量の写真を取り出し、道に少しずつばらまいていった。

ふふふ。

この写真は拓海のあんな写真、こんな写真もろもろを集めたものである。
例えば、罰ゲームで私の制服をきて女装させたり、寝顔のドアップだったり……
 

「なんじゃこりゃあああああ!!!!!!!」
 

後ろでびっくりしている拓海の叫び声が聞こえる。
この恥ずかし写真を回収するために彼は少々時間を削らなければならない。
しかもある程度の量を5回に分けてまき散らした。
今日は風も強いので、いいようにちらばるだろう。
残り3kmを切った今ではかなり有効な作戦だ。

しかも私は結構余力を残して走ってきたが、彼は私の足止めに時間を食い、そのロスを埋めるために割と力を使っているはずだろう。

間違いない!この勝負もらったっ!!!


「ふざけるなあああああああ!!!!!!!」

再び後ろで兄の叫び声。
 

と共に、迫りくる足音。ってえ!?足音!!????


思わず後ろを振り向くと、写真なぞ関係なしに突進してくる拓海の姿が見えた。
 

「う、うわあああっ、ち、ちょっと!!!!」
 

拓海はずんずんと距離を詰めて、ついに私と並ぶまでにやってきた。
私もある程度スピードを上げているはずだが、兄のスピードのほうが上である。
 

「ふん、この勝負、俺がもらったぜ!じゃなっ!!!!」
 

「ふ、ざけんなあ!」
 

私は必死に拓海に追いつこうとするが、時すでに遅し。
というか男女の差というか。
もう追いつけない。
拓海の後ろ姿はどんどんと遠ざかるばかりだった。


*****


「うーん、まだまだ力が足りないんだけど?真穂ちゃん?」

「うるっさい!」
 

強歩大会から2日後、賭けに負けた私は、1ヶ月間兄の下僕と化したのだった。
 

「てか、動けなくなるほど頑張るとかあんたほんとアホじゃないの!?」
 

大会の後、拓海は頑張り過ぎが体に影響したらしく、筋肉痛がひどすぎて動けなかった。
今もマッサージを要求されていて、兄の言われるままに体をもんでやっている。
あの時点で拓海が写真に目もくれなかったのは大きな誤算だった。
悔しさを噛みしめながら、私は兄のひょろっちい背中をもんでやる。
 

「るせー、ああ、いい感じになってきた。そこ、もっとやって」
 

「はいはいっ!」
 

ささやかな反抗として、私は思いっきり体重を掛けて背中を押してやった。
 

「いってえええええ!!!!」
 

だけど、あの写真が学校中に広まり、拓海が結構噂になっていることを彼はまだ知らない。
これを知った時の彼の反応を思い浮かべるとざまあみろって気になる。
さあーて、いつ発表してやろうかな。
 

私は一人、拓海に見えないようにほくそ笑んだ。


*****

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