8月 少女の愛、少年の哀
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「ううーんっ!青い空!空気はきれいだし!さいっこー!」

今私たちは修学旅行で北海道の地を踏んでいる。
 

この時期に修学旅行なんて少し変だけど、
うちの修学旅行は、受験合宿とリフレッシュを兼ねた旅行なのだ。
3泊4日のうち、2日は全日で夏期講習。
さすが一応県内では随一の進学校。
ただじゃ旅行なんてさせてはくれない。

「やべー、涼しいなあ~」

と、私の隣でつぶやくのは、兄の拓海。
本来ならクラスが別々の私たちがこうやって一緒にいるのはありえないんだけど。
夏期講習は自分のクラスではなく、講習のコースによって決定する。
国立理系Ⅰ(医・歯・薬)で一緒のコースである私たちは、
こうして修学旅行においても兄妹水入らずで一緒になってしまったのだった。

正直、みんな男女が仲良くしているところに敏感だ。
いくら兄妹だといっても、彼らはそれを囃したてたがる。
あー、めんどくさあ・・・・・
私はいつも悪態をついていた。

友達の水香は私立文系Ⅰ(英文)だし、志季においては私立文系Ⅲ(専門学校)で、
拓海の友人、順平は国立理系Ⅱ(理学・農学)、聡は国立文系Ⅱ(教育)だった。
しかも自分のコース自体、10人と人が少ないので、コース内に友達がいないのはお互い様だった。

もう、修学旅行なのに全然楽しくない。
これを修学旅行と呼ぶのか?と疑問が湧いてしまうほどだ。

*****

「ああああー疲れたあ」

一日目の夜。
みっちり5時間の講習が終わって、私と拓海は並んで自分の部屋を目指した。
部屋だけは友人同士で組むことができたので、お互いに気の合う友人と夜を過ごすことができそうだった。

「そーだ、お前の部屋に後で遊びに行っていい?」

拓海がいきなり突拍子もないことを言い出しだので、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
何を考えているのか・・・。
男子ってほんっとに分かんない。

「いいじゃん、順平も聡も最近お前と話してないからさみしがってるぞ。」

「いや、私はいいけど、他の二人は!?」

「お前なんとか説得しろよ。」

無茶振りも大概にしろよな、本当に。
私は悪態をつく。

「水香さんと志季さんと話してみたいとも言ってたし。なんとかして」

はあーあ、しょうがないねえ。
私はその頼みを渋々承諾するのだった。

*****

「ほんっとこう見るとあんたら兄妹だって分かるわ~」

「ふざけんな水香」

時刻は午前0時を過ぎたころ。
 

女子の部屋で男女三人、その中で兄妹が1組、わいわいと話していた。

「だよな!だよなあ!オレも、2年の時からそう思ってたんだよ!な、聡?」

「そうそう。髪の毛の雰囲気が特にね」

話の内容が基本的に俺ら兄妹の話題6、初めてのもの同士の自己紹介が2、その他も2の割合で会話が行われていた。
やはり俺らの話題って、格好のネタだよなあ。
今だからもうだいぶ慣れたけど、初めの頃は結構気を遣ったもんだよ。
・・・・・・誰かさんが般若になるから。

「か、髪の毛!?」

そういえば初めて体育館で真穂を見た時、順平も拓海も、口を揃えて言ってたなあ。
『髪の毛の雰囲気がそっくりだ』って。
確かに写真なんかで改めて真穂の姿を見ると、なんとなーく俺に似てる部分がある。
半分しか血が一緒じゃないのに・・・・・
要は親父の血が濃いってことだよな・・・・・
微妙に生命の不思議さを感じてみたり。

「拓海クンも真穂と一緒でお医者さんを目指してるの?」

志季さん、化粧おとすとめちゃめちゃシンプルな顔立ちしてるよなあー
ちょっと失礼なことも考えながら、俺は返事をした。

「そうだなーとりあえずは」

うちは親父が医者だから、なんとなく医者になればいいかな~と思う部分が強かったりする。
だけどお袋はお袋でばりばり弁護士のキャリアウーマンだから、それでもいいと思ってたり。
実はまだ将来のビジョンははっきり見えていない。
せっかくある程度は賢く産んでもらったんだし、出来ることをしたいなーって漠然と考えてはいるけどな。

一方真穂は俺とは正反対で、前々から医者か薬剤師になろうと考えていたらしい。
まあ父が医者、母が薬剤師なら当たり前か。
それでも将来に対して明確なビジョンを持っていて、
なんだかおいてきぼりを食らっている感覚がある。
兄貴なのにさ。

そんな思いに耽っていると、携帯の着信音が鳴る。
画面を見ると・・・・親父!?

*****

「ちょっと真穂!来い!!」

「なによ?」

「いいから!」

拓海は電話をし終えると、すぐに私を部屋の外へ連れて行った。
深夜0時を回っているため、周りはとても静かだった。

「なに!?いったいどうしたの!?」

私は少し怒っていた。
なにもみんなで楽しくしているときに2人で話す必要はないだろう。
空気読めよまじで。

「真穂、うち帰るぞ」

「は!?」
 

いきなり何を言い出すんだこの人は。

「俺のお袋が少しまずいみたいなんだ・・・・」
 

え・・・・・。
菜穂子さんが!?
私の頭の中は真っ白になった。

*****

「親父!!!」

翌日の午後。菜穂子さんが入院している病室。
まあ、言うたら、父親が所属してる大学病院なんだけど。
私たちは教師たちに事情を話し、父からも話をしてもらって修学旅行を途中リタイアした。

「菜穂子さん、大丈夫なの?」

「ああ、山は越えたが、正直ひやっとした時もあった。」

「なあ、親父、お袋の病気って一体なんだんだ?」

拓海が確信を突く質問をした。
正直私も知りたいことだったから、黙って父の回答を待った。

電話の後、菜穂子さんが危ないっていうことを知ってから拓海は不安定だった。
飛行機の中でも落ち着かなくて、顔が暗くて、ときどき涙が流れたりしてて。
ああ、本当に不安なんだなって思った。
実の母が危ないなんて言われて、不安にならない子供なんていないとは思うけど。
それでも、私はそんな拓海の様子を見るのは初めてだったから。
ただ頭をなでたり、抱きしめてあげたり。
見守ることしかできなかった。

「実は、本当に原因が分からない。それは本当だ」

「じゃあ、じゃあなんで!?」

「ストレス。強いストレスが自律神経に作用しているんじゃないかと思う。拓海、なにか身に覚えはないか?」
 

「・・・・・・・」

「まあ、あとでゆっくり話を聞こう」
 

「た・・・くみ?」
 

きれいなソプラノの弱々しい声が聞こえて、私たちは一斉に後ろを向く。
すると、目を覚ました菜穂子さんがこちらを見て微笑んでいた。

・・・とてもきれいな人。

私の菜穂子さんへの第一印象はそんな感じだった。
茶色のふわふわしたロングヘアー。
きれいな瞳。
柔らかい笑顔。
拓海に少し似ている。
今はすこしやつれているけど、体の調子が良かったころはもっときれいだったにちがいない。

「浩司さん、それに隣にいるのは、真穂ちゃんね」

え、私のこと知ってたんですか?
菜穂子さんにとって私は都合の悪い・・・・というか気まずい存在であるはずなのに。
だけど、私の名を呼んだ菜穂子さんの顔は穏やかでとても意外だった。
私のほうが変な顔をしてしまったかもしれない。
ちょっと罪悪感を感じた。

「ねえ、真穂ちゃんと二人きりで話、したいの。席はずしてくれる?」

更に私はびっくりしてしまって、言葉を発することができなかった。
それは拓海も父も同じだったらしく、一瞬沈黙が流れるが、やがて2人は何も言わずに部屋を出て行った。

「はじめまして真穂ちゃん。もう知っていると思うけど、私は高田菜穂子。拓海の母です」

「は、はじめまして、上坂真穂です」

何だか緊張して声が上ずってしまう。
彼女が何を私にしゃべるつもりなのかがどうしても気になって。

「まず、謝っておきたいの。真穂ちゃんに。」

「え!?」

「本当にごめんなさい。真穂ちゃんの家族の運命を大きく崩してしまって」

「いえいえ。いいんです。全然気にしてません。」

嘘。実は気にしてる。
私はそこまで人間出来てない。
この人が私の家族を壊したのは紛れもない事実だ。
もしこの人が父に未練を残してなかったら。
父と母は今頃仲睦ましく夫婦をしていたかもしれない。
家族で仲良くいれたかもしれない。

だけど・・・・・・

「すいません、気にしてないって言ってしまうと正直嘘になってしまいます。」

「いいのよ。正直な気持ちを言って」

菜穂子さんの顔は至って穏やかだった。

「だけど、私はあなたを恨むことはできません」

「そんな、病人に優しくしなくてもいいのよ。あなたがすっきりする方法であれば私はなんだってする」

彼女の顔は変わらない。

私は彼女に自らの気持を淡々と話した。
 

「私は拓海と半分血が繋がっている兄妹です。4月の時点では彼の存在自体に戸惑いました。

だけど、拓海は私によく似ています。

髪の毛、笑い方、身長、バレーボールのポジション、将来の進路、考え方・・・・・

今日この日まで一緒に過ごしてきて、兄妹の意識ができているのもまた事実です。

そう考えると、私は単純にあなたを恨む気にはなれない。

そうすると拓海の存在自体を否定することになる。

血を分けた兄妹なのに、それはすごく悲しい。複雑な気持ちです。」

「そう・・・・・拓海と真穂ちゃんはよく似ている。浩司さんも言っていた。それがあなたの本当の気持ちなのね」

私は無言で頷いた。
すると、菜穂子さんの目からぼろぼろと涙がこぼれおちる。
 

え!ええ!??

「だ、だ、大丈夫ですか?なんかすいません」

菜穂子さんはかぶりを振りながら、ちがう、ちがうのと言う。

「私、ずっと拓海を産んでから、貴方の家に対して罪悪感を抱き続けていた。

だから、あなたからどんな罵倒を受けるのかと思ってた。でも、あなたは拓海を兄と呼んだ。それがうれしいの」

菜穂子さんはくしゃくしゃになった顔で笑ってこう言った。

「・・・ありがとう」

と。

私は何も答えてあげることができなかった。
なんだか私までせつなくなってしまってどうしようもない。
この人を恨むとか、許すとか、そんなこと正直どうでもいい。
過去の事を今更掘り返しても、何も戻らない。
もしもって思う時はある。
あるんだけど、それは今ある兄妹たちの存在を否定することでもあって。
だから私は今ある人たちを大事にしようと思う。
拓海と恵美。
二人の兄妹。私と血を分けている兄弟。

菜穂子さん自体は好意が持てる人だと思った。
とても謙虚で、自身を客観的に見れている人だ。
だから、これから私も拓海と一緒に菜穂子さんのお見舞いに行こうと思う。

いがみ合っていたってしかたない。
どうせなら、歩みよって和解できる道を歩みたいから。

「菜穂子さん、お互いに歩みよりましょう。私はあなたと近寄りたい。」

いつのまにか父と拓海が部屋に入ってきていて、拓海が私の頭を撫でた。

涙が一筋。

流れ落ちた。

*****


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