「はい、肉じゃが」
テーブルの前にちょこんと座って待っていると、
まるで何もなかったかのように、俺のリクエストした飯が運ばれてきた。
いつも通り過ぎて、なんだかどうしようもない。
お互い言わなきゃいけないことがある。
春が何を言いたいのかはわからない。
だけど、俺はずっと春と一緒にいたい。
だから春が何かを嫌なこととか嬉しいことを感じたら、自分の気持ちを正直に言ってほしい。
それが俺の気持ちだった。
いつ切りだそうか・・・・。
そればかり迷っている。
だけど、明確な合図で話し合いが始まるような場面でもないし・・・。
「とりあえず、食べよっか」
春がすっと笑ってそう言った。
またもや、いつも通り過ぎる顔で言うから、俺もうんとしかいえない。
ああ、またタイミングを逃してしまった。
無言の夕食は淡々と進む。
まあ、いつも会話が弾んでいたわけでもないし、
7・8か月も付き合ってたらお互い無言になろうが、そこまで気にならない。
だが、今はとってもその無言が重い空気を作りだしているように思う。
しかし、その重い空気を作りだした彼女は、突然箸と茶碗をテーブルに置いたかと思うと、
ぽつりぽつりと話だしたのだった。
*****
ご飯を普通に食べている時に、こんな重大な話をするか!!
とつっこまれてしまえば本当にそこまでなんだけど、
私は我慢ができなくて、思わず慶太朗の名前を呼んだ。
すると、彼は平然と何?と聞いてくる。
とにかく、いろいろあんたと話したいことがあるんだ!!
と、自分の気持ちを話し始めた。
私ね、あれからいろいろ考えたんだ。
慶太朗のこともそうだし、それに、就職のこともそうだし・・・・・。
あのあと、智美にも、由佳子さんにも話を聞いてもらって、
それから森中君にも話を聞いてもらったの。
私、慶太朗がなんで怒ったのか全然わからなくて。
それで、相談に乗ってもらったら、森中君がこう言ったの。
『あいつは春さんときっと同じこと考えている』って。
慶太朗もきっと、私の気持ちがわからなかったんだってその時気づいたの。
そりゃー怒るよね。
なんで怒ったか分からないんだもん。
私、慶太朗に自分の気持ちを気づいてもらいたかった。
だけど、それが原因だってこと、やっと分かった。
ごめんね。
こうしてほしいって、ちゃんと言えなくて。
だから・・・・・。
と、言いかけたときには、もう私は慶太朗の腕の中に包み込まれていた。
慶太朗にぎゅっとされるのはもう慣れているはずなのに・・・・。
うわああ、久しぶりだから顔が赤くなってるかも・・・・・。
「春・・・・。」
そう、優しく囁かれたらもう私はダメだってこと知ってるくせに・・・。
でも、その声さえもなんだか心地よくて。
慶太朗の腰に腕を回して、そっと抱き返した。
「もう、言わなくていいよ。春の気持ち、十分分かったから」
そのまま、耳を吸われる。
ふるっと体が震えて、ん・・・。と鼻にかかった声が出てしまう。
だけど、ちょっと待って、もうひとつ話さなきゃいけないことがあって・・・・。
「俺、不安だった」
すぐに次が始まるのかと思いきや、私の首元に顔を埋めたまま、慶太朗はぽつぽつと話し始めた。
俺、春が何考えてるのか分からなかった。
だから春に辛くあたってしまって、ごめん。
俺年下だし、就職のこと全然考えてなかったし・・・・。
就職のこと考えると嫌で嫌で仕方なくて、ちょっと逃げてた。
でも、結局春に何か気づいてもらうんじゃずっとこのままだってことに気付いたんだ。
俺、ずっと春と一緒にいたいから。
俺も何かに気づいたらすぐ言うようにしなきゃって思ったんだ。
人間、ぴったり気があうやつなんて絶対いない。
けんかだってする。
だから、俺と春だってけんかをする。
だけど、ずっと同じことでけんかばかり繰り返してたら、しょうもないだろ?
いろんなことがあって、けんかして、それを超えてけばいいんだ。
そのためにも、もっとお互い、思ったこと言うようにすればいい。
21にもなって、やっと分かったんだ。
「なーんだ」
私が思わず声を出して言うと、慶太朗がぎょっとした目で私を見つめてきた。
「なにがっ!!!????」
「私たちって、やっぱり似た者同士だ」
あははっと声に出して言うと、慶太朗もぷっとと吹き出して、
「そうだな。結局、考えていること一緒」
そういうと、私の顔を両手で押さえ、指で唇に触れた。
「すごく、シンプルなことだったな」
うん、とうなづく。
すると、軽く触れるキスが降ってきた。
「やべ、久しぶりすぎてだめだ」
そう言うや否や、だんだんとキスが深くなってくる。
キスの主導権はいつも慶太朗。
私は応えるだけで精いっぱい。
でも、そんなこと言われたら、私だって、久しぶりすぎて・・・・・。
1カ月ぶりだったせいか、2人ともここで止まることができなかった。
本当は自分の就職のことについて話したかったんだけど、
それどころじゃなくなってしまって・・・。
大事な話を先延ばしにしてしまったのだった。