『明日、18時に家に来て』
それだけを慶太朗にメールで送った。
すると、
『了解。ご飯は肉じゃががいい』
という、1か月前となんら変わりのない返事が返ってきた。
きっともう、お互いなにをするのかなんて分かっているからこそ、重要なことには全く触れないやりとり。
緊張するといえば緊張する。
良く考えて見れば、慶太朗に会うのは実に1ヵ月ぶりだ。
この間、意を決して連絡を取り、声だけ聴いたが、
正直、声だけでは足りない。
やっぱ、直接会って話したいという気持ちが強かった。
きっと今、慶太朗は実習を終えて、開放的な気分になってるのかな?
それとも、私のこと、少しは心配してくれている?
去年の私のことを思い出してみると、
まだ付き合ってもいなかった慶太朗のこと、少しは思っていたような気もする。
あの時は、久しぶりにバイトに行ける楽しみ、
それからバイトの気の合う相棒的な存在だった慶太朗に会うのも楽しみがあって、とても浮かれていたような感じだった。
だから、私のことも少しは思っていてくれてると、嬉しいなあ・・・・。
なんて思ってみたり。
だけど、明日彼からどんな話が来るかなんて分からないんだし、
呑気に構えている場合ではない。
それに、私だって自分の気持ちをはっきり伝えられるのか、正直不安。
受け入れてもらえるかもかなり不安。
でも、ここまできたらやるっきゃないでしょ!!
そうして自分を鼓舞するのであった。
*****
彼女のアパートに来るのは久しぶりだ。
そりゃそーだ。
1カ月もあの宿舎に軟禁状態だったんだもんな。
自分でつっこんでは、苦笑する。
教育実習を無事に終えた俺は、彼女に呼び出され・・・
というかお互い話すことがあって、今日話し合いを設けることになっていた。
実習最終日。
生徒たちは温かいお別れ会を開いてくれた。
高島先生は俺と生徒との写真やらなんやらをアルバムにして、渡してくれた。
同じクラスの担当の女子なんかは全員涙をこぼし、危うく俺ももらい泣きをしそうになったり・・・
と、終始温かい雰囲気でお別れをすることができた。
中でも一番驚いたのは、羽月さん。
彼女は最後まで延々と泣いて、俺に今まで散々迷惑をかけたことを謝った。
やっぱ・・・子どもの涙って武器だよな。
あそこまで毛嫌いしていた生徒でも、許してやりたくなってしまった。
人と触れあい、育てていくこの職業にやりがいを感じて、
やっぱ俺、将来教員になろう。
そう思えた瞬間だった。
カンカンカン。
良く響くアパートの階段をゆっくりと上っていく。
そういえば、彼女と付き合う前。
酔っぱらってつぶれた彼女を抱えて、この階段を上ったっけ。
ふいにそんな懐かしいことが思い出される。
あの頃は、彼女の体に触るだけでも緊張していたっけ。
そんなことを思い出すと、なんだかきゅーっと胸の奥が締め付けられる感じがした。
ああ、俺もなんだかんだ言って初心だったよな。
今日の話し合いがどうなるか、まだ俺にも想像がつかない。
別れ話になるのか、
それとも、お互い悔い改めて頑張ろうという話になるのか・・・・。
ピンポーン。
何回か深呼吸をしてから、205号室のチャイムを鳴らすと、
ドタドタドタという音がして、彼女がババッと出てきた。
久しぶりに見た彼女は。
パーマをかけている髪が更に伸びて、肩までかかるぐらいになっていた。
それから、なんだか少し痩せた気がする。
あ、それは運動をあんまりしてなくて、筋肉が落ちたからかも。
気まずいのかなんなのか・・・・。
とにかく、久しぶりすぎて、気のきいた言葉一つも出てきやしない。
「なんか、痩せない?」
だから、そんなことを考えてたら、思わずこんなことを口走ってしまって、後悔する。
「は!??」
突然俺がこんなことを言うもだから、彼女も唖然としてしまった。
それにしても、1カ月ぶりに会う彼女に掛ける言葉が「痩せた?」って、俺も空気読めねえよなと、苦笑する。
「変なこと言ってごめん、中入っていいい?」
すると、彼女はこっくりと頷いて、俺を中に通してくれた。
部屋のドアが静かに閉まり、俺たちの「これから」が、今決まろうとしていた。