『私、ちゃんと慶太朗に話したいことがある。だけど電話じゃなくて、直接会って話したい。
実習終わって、余裕ができたら、会ってくれる?』
先週の金曜日。
春が電話口で最後に言った言葉が頭から離れない。
授業をしていようが、研究会をしていようが、子どもをコミュニケーションを取っていようが、
考えるのは彼女の言葉の先だった。
―ちゃんと話したいことってなんだろう?
そればかりを考えている。
彼女なりにいろいろ考えて、結論が出たことだけは間違いないのだろう。
だけど、問題はその内容だ。
個人的には別れるとかいう話にだけはなってほしくない。
しかし、あの男勝りな春のことだから油断は禁物だ。
さっぱりと切り落とされる可能性も否定できない。
智美さん情報だと、春は「コイツダメだ」と思った瞬間、あっさりと縁を切ることができるそうだ。
未だに俺はそんな彼女のオトコマエ?な姿にお目にかかったことはないが、
それでも脅威的な情報であることには間違いない。
「阿佐先生っ!!」
「はいっ!?」
そんなことをくよくよと考えていると、いきなり後ろから大声で呼ばれた。
思わずびっくりして、体がびくっと反応してしまう。
なんだよ・・・と声の主を確認すると、それは例の問題児、羽月さんだった。
彼女の姿を見るだけで溜息をつきたくなるが、ここは先生として我慢である。
「羽月さん、驚かさないでください。どうしたんですか?」
「別に、何でもないですけど~なんか先生の後ろ姿が哀愁ただよってるカンジだったから、声かけちゃいました」
相変わらずの言葉遣いにイライラするものの、これでも随分とマシになった方だ。
そんな彼女に笑顔一つ見せずに、「お気遣いどうも」と返してやる。
しかし、俺がいくら冷たい態度を取ったとしても、彼女には全く通用しない。
俺は表情を変えずにいると、彼女の雰囲気が変わり、突然こんなしおらしいことを言った。
「カレシにアドバイスしてくれて、ありがとうございました」
は?
目が点になる。
至極真面目に頭を下げる彼女には、いつものおちゃらけた雰囲気など微塵も感じられない。
「ど、どうしたの?急に??」
だから俺は思わずどもってしまった。
「お陰様で、アイツもちょっとはあたしの気持ちに気付いたみたいです。先生あと1日しかいないでしょ?だからお礼、言っておこうと思って」
突然過ぎて、なんて返事をして良いのやら。
返す言葉もなく、ただただ黙ってしまうが、
真っ直ぐと俺を見つめてくる瞳から、彼女の真剣な様子がひしひしと伝わってくる。
「やっぱ先生はイケテるね、あーあ。先生のカノジョさんがうらやましーや!!じゃあさよなら!!」
「え?あの、羽月さん??」
俺が声をかけたのが聞こえたのか、聞こえなかったのか。
彼女は廊下をすたすたを歩いて行ってしまった。
でも、その去り際の笑顔はとても無邪気で・・・・
めんどくさいと感じていた生徒だったのに、
なんだか可愛らしく見えたのは、俺の気のせいではない気がした。
なんか、先生っていいな。
そう思ったのだった。
春がどうしてそこまで教員になりたいのか、今まで首をかしげるところもあったんだけど、
この1カ月、教員の卵をやってみて、それがだんだんと分かり始めていた。
あの日、採用試験に落ちた春を慰めようとした俺はどこか他人事で。
本当に夢が崩れ落ちてしまった彼女の気持ちを、深く考えていたといったらそれはウソになる。
だからきっと春は怒りだしたのだろう。
俺のどこか他人事のような言葉が、彼女の気持ちを逆なでしたに違いない。
教育実習は明日で最後。
春に会って話をするのは4日後。
上手く自分の気持ちを伝えられるのかどうかわからないけど、
この1カ月で感じたことを一つ一つ、話していけたらいいと思う。
*****
「ああああ~どうしよう、どうしよう」
「春、あんたそれ何度目???」
智美がかなりうざったそうに返事をする。
実は、今日がバイト先のスポーツクラブで社員になるかどうか、返事をする期日だった。
事前に二人で話し合っとこうということで、バイト先の近くのファミレスでご飯を食べながら、会議を行っていた。
「とっとと決めちゃえばいいじゃない、ていうかあんたは基本的にずばっと決めるタイプでしょ??」
まあ、その通りなんだけど・・・、
私は社員になるかどうか真剣に悩んでいた。
正直悪い話ではない。
だけど、私には教員になりたいっていう夢がある。
それに、慶太朗とのことについても決着がついていないし・・・・。
ライフイベントとして、結構重要な決断に迫られていた。
でも、決めた!!!!
やっぱり私、夢を捨てたくない!!!!
「智美、私はやっぱ社員になるのはやめとくわ!!!」
「え?決断早くない??さっきまでうんうん悩んでたじゃん??」
「いいの!!決めた!!!」
「じゃあ、これから先どーすんの??」
「まだ募集しているところ探す、ダメなら地元でバイトする」
「一度決めたら真っ直ぐって言うかなんていうか。あんたらしーねえ」
あきれた口調でそう告げる智美だが、それぐらいじゃ私の決心は揺らがない。
自分の中で大事だった夢がある。
やっぱ、一番それが大事。
だから、その夢をかなえるためにも、いろいろどうにかしなきゃいけないことがある。
まずは彼にちゃんと謝って、これからのことをしっかりと話すこと。
それから就職口を探すこと。
彼との決戦の日は、あと4日に迫っていた。
まずは、理由も言わないでキレたことは謝っとく。
そこから後は、とりあえず今までたまった気持ちをぶつけるしかない。
それを彼が受け止めてくれるかどうかは分からないけど、
でも、言ってみなきゃわからない。
あとは私が頑張るだけである。
決意をしたときの私は強い!!
そう自分に言い聞かせるしか、いろんな不安を拭い去る方法はなかったのだった。