「あの・・・・?今何て?」
穏やかに夕日が傾きはじめる放課後。
俺は向かい合った男子生徒に思わずこう聞き返してしまった。
「だから、阿佐先生にちょっと相談があって・・・」
そーじゃなくて、その内容に俺は異議ありなんだってば!
ちゃんと確認を取りたくて、うつむき加減のその生徒に続きを促した。
「阿佐先生に・・・その恋愛の相談を」
申し訳なさそうにつぶやく男子生徒は、例の問題女子生徒、羽月さんの彼氏だそうだ。
というか、なんで恋愛相談??
というか、なんで俺!???
ツッコみたいところがいろいろありすぎて、返答に困ってしまう。
そんな俺の様子を見て、彼は更に申し訳なさそうな顔をした。
「やっぱ・・・メイワクですか??」
すごく真面目そうで、まだやんちゃの一つさえしたことなさそうな彼が、
なんであの羽月さんの恋人なのか甚だ不明である。
お互いにないものや惹かれるものでもあったのだろうか・・・。
意外な組み合わせすぎて、馴れ初めさえ気になってしまう。
「いや、そうじゃないですけど、なんで僕に・・・と思って」
かなり本心を隠してソフトに返事をすると、
彼はなぜ俺に恋愛相談を持ちかけたのかを打ち明けてくれた。
最近、羽月さんが俺の話ばかりすること。
しかも、それで羽月さんが俺と彼を比べては、彼の欠点ばかりついてくること。
『阿佐先生みたいな優しくて、イケてる彼氏になってよ!!!!』
そんなことばかり言われるらしい。
ったく、なんで俺がお子様の恋愛相談までのってやんなきゃいけないんだか・・・。
実習も3週間が過ぎ、今までの疲れがかなり溜まってきているし、
授業の準備でかなり手一杯なんだけど。
・・・・それでも、なんだか断るにはかわいそうで、俺は彼の相談に乗ってあげることにした。
「それで、君の悩みっていうのは?」
「あの・・・ボクは彼女に振りむいてほしいというか、先生と比べるのを辞めて欲しいんです」
ああ、なるほどね。俺は相槌を打った。
彼にしてみれば、彼女の行動の意味が分からないのだ。
お互い好きなはずなのに、なぜ羽月さんはわざわざ彼を困らせているのか、
その気持ちの理解に苦しんでいるに違いない。
オトナの俺から言わせてみれば、羽月さんのやっていることは、所詮ただの焼きもち妬かせ。
たぶん、彼に対して何かしらの不満を抱いている。
ただ、それを口に出すのに勇気がないから、わざわざ彼を困らせて気を引いているに違いない。
ある程度俺だって経験積んでるんだから、それぐらいは分かる。
だけど、相手はたぶん初めての恋愛をしているであろう、お子様たちである。
この感情から、しっかりと気づかせてあげねばならないだろう。
「そうだね・・・うーん、なんていったらいいか、最近羽月さんに寂しい思いをさせてませんか?」
すると、彼はうーんとうなりながら、真剣に悩み始めてしまった。
そこまで真剣に思い出さなくても・・・なんて思いながらも、
その真剣さ加減が初々しくて、なんだか懐かしい気持ちにさせられる。
きっと、彼は相当羽月さんに惚れてるんだろうな。
羽月さんへの気持ちが、彼の様子からひしひしと伝わってきた。
だから、なんだかほっとけなくて、もう一つアドバイスをする。
「きっと、彼女は君に振り向いてもらいたいんだよ。僕の話をして、妬いてほしいんだ」
これを聞いて、彼の顔色がぱっと変わった。
「やいてる?」
その意味がよく分からないようだ。
だから、きょとんとしている彼に、焼きもちを妬かせようとしてるんだよ。と教えてあげた。
すると、彼は思い当たることがあったのか、なるほど、とつぶやいた。
「実はちょっと前も同じことがあったんです」
すると、彼の口からその出来事を話してくれた。
ちょっと前、彼女が家の都合で転校するかもしれない。という噂が回ってきたそうだ。
だけど、「そんな大切な話ならちゃんと彼女から話があるだろう」と放置していたら、彼女が逆ギレした。
「私が転校するって聞いて、何で慌てないの??なんで確認さえしないわけ???」と怒りをぶちまけたらしい。
なるほど両者の言い分は分かる。
彼女を信頼して待っていた彼と、彼を信頼して待っていた彼女。
しかし、お互い待っているだけではなにも起こらなかったので、彼女がキレたのだろう。
・・・・・ここまで思って、俺は一瞬ひやっとした。
まるで今の俺たちみたいじゃないか。
最近ではかなり忙しかった。
まあ、そのおかげと言ったら難だけど、春への募る思いを誤魔化すことができていたんだけど・・・・。
俺は相当悶々としていた。
ただでさえ春の姿を見たりや声を聞いたりすることが3週間もお預け状態なのに加えて、
大きなケンカ中。
そして、春も俺が気づいてくれるのを待っているし、俺も春が気づいてくれるのを待ってるこの状態。
本当に大丈夫なのか不安がよぎる。
こんなのって俺らしくなくない。
気づいてもらうの待ってるなんて、なんだかまどろっこしい。
『だったら・・・・・言ってしまえばいいじゃないか。』
あっさりと簡単に答えが出てしまったことに俺自身が驚いた。
だって、今まで、3週間近く悶々と悩んでいたし。
考えて見れば、そりゃそーだろ。って話だ。
結局、俺は俺。彼女は彼女。
俺は俺のやりかたで彼女に接していけばいいんだ。
彼女が自分の奥の気持ちを正直に伝えてこないなら、伝えるように説得して、信頼関係をつくればいいだけなのに。
そんなシンプルなことにも気づかなかったなんて・・・。
ああ、なんてバカなことしたんだろ。
自分のバカさ加減に思わず苦笑いした。
「・・・あの、先生。聞いてます??」
「・・・ん、ああごめん」
彼の困った声で俺は我に帰る。
今まで適当に相槌を打ちながら、自分のことを考えていたのだ。
そりゃ彼だって不安にもなるだろう。
「ボクなんだか分かった気がします。ありがとうございました!!それでは!!」
そういうと、彼は昇降口に向かって駆け出していた。
始めは悩みまくっていた彼だが、今ではきらきらとした笑顔を向けている。
ああ、なんて純粋なんだろう。
その純粋さが余計、彼を輝いて見せる。
・・・本当は廊下を走っちゃいけないんだけど、まあ、たまには見逃してやるか。
恋に真剣に悩んでいるのは、大人も子どもも一緒。
一緒にいたいから、大好きだから、悩みは深くなる。
だけど、それを一緒に乗り越えられたら、もっと強くなれる。
よくありがちで安っちい恋愛ソングの歌詞みたいで、なんだか可笑しい。
しかし、よくありがちだからこそ、それが真理なのだろう。
きっと前の俺なら、こんなに悩んだり、落ち込んだりしなかったと思う。
たぶん、めんどくさいことになったら、すぐお別れを切り出していたに違いない。
それはきっと春だから。
春と付き合っているから、こんな気持ちになるのだろう。
彼女を離したくない。
そのためにはどうしたらいいのか、やっと分かった。