「「え!?正社員??」」
「そうだ。お前たち、この仕事に向いてると思うぞ?どうだ、真剣に考えてみないか?」
今日のバイト終了後、私と智美は店長に呼び出しを食らった。
何も悪いことなんてしてないのに・・・と、そう思った矢先にこんな話だ。
私も智美も、あまりにも意外すぎて、店長に返す言葉さえなかった。
バイトを始めて、けっこう真面目に取り組んできた。
辛いこともあったけど、それでもお客さんと一緒に触れ合うのが楽しかったから、辞めることはなかった。
確かに今ここで正社員になれば、就職できることになる。
まあ、バイトじゃなくなるからもっと厳しい仕事も回ってはくるとは思うけど、
慣れてきている仕事だし、スタッフの皆とは仲がいいし、職場に不自由はないだろう。
だけど・・・・ほんとにそんなのでいいのかな?
そう思って、返事は保留にしてもらった。
「ねー、春ちゃんどうするー?」
バイトの帰り道、自然とさっきの話題になる。
「智美こそどうするの?」
私はなんとも答えられなくて、逆に智美に話題を振ってしまった。
「あたし、あそこで働いてもいいかもーなんて思っちゃった。ダメかなー?」
「ほんと!?なんで!?」
「いやー、なんていうか・・・あたしあの仕事好きでさー。とにかく、来年就職できないのは確かだし?
あたしの彼氏もここに残るみたいだし、地元に戻るよりも、あそこで働きながら先を考えるのもいいかなーなんて思って」
いつになく真剣な様子の智美の様子を見て、少し焦ってしまった。
私は、ただでさえ就職浪人が決まっていたのにも関わらず、
慶太朗とのケンカなんかでどたばたしていて、全然先のことが考えられなかった。
智美はちゃんと自分の彼氏と「その先」の話をしていることを聞いて、
なんだか先を越されてしまったような気がしてしょうがない。
私のほうが慶太朗よりも先に卒業する。
このまま地元に戻っていいのかな。
それとも・・・・ここに残ったほうがいいのかな。
そのほかにも、何か道があるのかな。
慶太朗は、私の「その先」に気づいているかな?
「春は、やっぱり、阿佐ちゃんとの兼ね合いで悩んでる?」
「ん・・・・ていうか、そういう話、してないし・・・」
「マジで!?春ならしっかりしてるから、もうちゃんとしてあるかと思った」
智美は目をまん丸にして驚いていた。
私がそこまでちゃんとしているかっていうと、そんなんでもない。
慶太朗と付き合い始めてから、毎日楽しく過ごしていたと思う。
だけど、「ちゃんと長く付き合いたい」とかなんとか言いながらも、
こうした「その先」の話をちゃんとしていなかった。
お互い避けていたのか。
それとも、毎日に忙殺されていたのか定かではない。
少なくとも私は、「これからの話」を慶太朗にしようとしたことは今までなかった。
そして・・・・。
・・・・自分からしようだなんて、考えてすらなかった。
私はケンカをしたあの日、
慶太朗に『考えて、逃げちゃダメだ』ってこと、散々言い散らした。
だけど・・・本当に考えていなかったのは・・・・・、逃げていたのは私?
慶太朗の言葉、気持ち、全然考えていなかった。
彼が本当は何を私に言いたかったのか、気づいたのだって最近で。
「これから私たちはどうしていくのか」
そんな話だって、彼に気づかせようとしていた。
こんなに重要な話なのに、なんで自分から話をしなかったのだろう。
1コ下、大学3年の彼に、私の状況を推測させようなんて・・・それこそおかしな話だ。
だって、自分ですら、1年前は将来の就職のことなんて全然考えてなかった。
そんな彼に、私の就職やこれからの話なんて、想像できるはずもない。
そりゃあ、慶太朗だってワケわかんなくなるよね。
私から、ちゃんと話さなきゃダメだよね。
もちろん、怖くないかって言ったらそれはウソ。
「私は卒業してからも慶太朗と一緒にいたい」
っていう、こんな私の気持ち、慶太朗にとって重荷にならないか、すごく不安。
・・・・だけど、ここでちゃんと向き合わなきゃ。
ずっと、私たちは大事なことについて向き合えなくなってしまう。
それから、もっと大事なことがあって・・・・。
「私は先生になりたい」
という夢が私にはある。
これだけはどうしても譲れない。
だから、「慶太朗と一緒にいたい」って言う気持ちと「先生になりたい」って気持ち。
どう折り合いをつければいいのか、正直自分でも分からない。
彼は一緒に考えてくれるかな?
彼が実習に行ってから3週間。
後1週間で慶太朗が帰ってくる。
私の心の中は今、決まった。
もう、逃げない。
彼ともう一度、向かい合おう。