ep9 a Worry
  

あー・・・今日が休みだなんて信じらんないなあ・・・・。

教育実習第一週目、初めての土曜日。
この一週間、毎日がどたばたしすぎて、息継ぐ暇さえなかったような気がする。

まずここは学校なので、子どもたちと日課を共にしなければならない。
その間に授業の準備をする。
それから同じ国語科の人たちの授業を見学し、記録を取る。
またまたそれに加えて、今度は授業案の指導を受けて書き直す。
なーんてことばっかりをたった5日しか繰り返していないのに、昨日は泥のように眠り込んでしまった。
それでもまだ疲れが取れない。

想像していたよりも遥かにキツかった。
こんなのがあと3週間も続くのかよ・・・・。
そう思うと、なんだかまたどっと疲れてしまうのだった。

宿舎の部屋はなんと古臭い8人部屋で、ベッドは二段式。
まじかよって感じだけど、それでもこんな部屋が自分の城のようにも思えてくるようになった。

春は去年、ここで1ヶ月を過ごしたんだな・・・・。

そう思うと、なんだかまた胸が苦しくなる・・・・。
本当だったら、毎日でも電話をかけて声を聞きたいはずなのに、それが出来ない。
平日だった今までは毎日に忙殺されて、そんなこと考える余裕すらなかったけど・・・・。

ふと、一人になるとこのことばっかり思い出してばかりだ。

あー、相当俺も惚れ込んでるんだな。

そう思い、低いベッドの天井を仰ぎ、彼女のことを思った。

うとうととまどろみはじめると、去年のこの時期のことが鮮明に思い出されてくる。
昨年の今頃、俺は春が好きでしょうがなかった。
由佳子さんに智美さん。
2人の強力な助っ人?に後押しされ、春の様子や毎日の悩みなんかをバイト中に相談していた。
智美さんに至っては、教育実習中の忙しさのさながら、
毎日俺に春の様子のメールを送ってきてくれたりもした。

それから、俺は教育実習中の春に応援電話も入れた。
半ば智美さんの命令というか罰ゲーム的なものだったが、
電話をかけるときには、それこそかなり緊張して、手に汗握る状態だったのを今でもよく覚えている。
電話に出た彼女はいかにも不機嫌な様子で、初め俺はびびって電話を切ろうとしたが、
よくよく話したら、ただの寝起きだったということが判明してほっとしたよなあ。

今、というか実習中に春から応援電話の一本でも掛かってきたら、俺はどれだけ明日への士気が高まるだろうか。
残念ながら叶うことはなさそうだけど、
それでも、想像するだけなら問題ないだろ?

まどろみながら、俺は幸せな想像に身を任せた。

そして、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。


*****


『・・・・春は俺にどうして欲しいわけ!?』

すごくいらついたように、言ってた。

『春、こうしよう。俺、来週から実習に行くし、明日からバイトもないし。少し距離置こう。』

少し感情を抑えた声で、こんなことも言ってた。

『俺だって考えてなかったわけじゃない。お前もお前でさっきまでの自分の態度、しっかり考えておけ。
俺はエスパーじゃないんだ。お前の気持ちが全て分かるわけじゃない』

最後に、私にこう告げた。

彼とのあの日の会話。
由佳子さんに相談をして以来、私はこの3つの言葉について考えを巡らすようになっていた。
きっと、慶太朗の気持ちはここに隠れている。
そう思った。

今も実はバイト中なんだけど・・・・。
でも考えずには居られなくて、ずーっとおんなじことを考えていた。
ここから考えられることって何?
慶太朗は私にどうしてほしいの?
ぐるぐるぐるぐる、私の頭は回るばかり。

「春さん、阿佐とは仲直りできました??」

「・・・いや、まだだ・・・・・ってええええ!!!!」

マシンジムがあまりにも暇なのだろう。
あろうことか森中君が受付にやってきた。

「な、なんで森中君、ここにいるの???ていうか何で知ってるの????」

金髪の頭をワックスで思いっきり立て上げている少年が、
いきなりヒトのプライベートに踏み込むような質問をしてきた。
私の1つ後輩であり、慶太朗の友人でもある森中君。
いかにも悪そうです!というその見た目にもよらず、
とーっても真っ直ぐで表裏がなくていい人である。
・・・・・たぶん私の彼氏よりも。

「オレ、21時から受付ですもん」

そう言われて時計を見ると、なるほど21時丁度を指している。
しかし、問題はそんなことではない。

「なーんでケンカしたこと知ってるかって??そりゃーあいつが真剣にオレに相談してきたんすもん」

・・・・・あのプライドが高い慶太朗が相談した????
それは私にとって意外な出来事であった。
というのも、彼は人に頼ることを良しとしない、というのが私のイメージだったからだ。

「で、仲直りは・・・・・出来てないみたいっすね・・・・」

なんで顔見ただけで分かるのよ!!!
とついつい文句を言いたくなるんだけど、そこはぐっと我慢。

「春さん、なんかあったんすか??」

とっても心配そうに尋ねてくれる森中君。
煽りやただの野次馬ではない。
この人は本当に私のことを心配してくれているんだな、ということがひしひしと伝わってくる。
この真っ直ぐさがいいところなんだよね。
そんな彼に押されて、私はことの次第を大雑把に話した。

なんで私が慶太朗にキレたかということ。
慶太朗と更に激しいケンカをしたこと。
1ヶ月距離を置こうといわれたこと。
なんでそんなことになったのか、今私が考えていること。

大体聞き終わった森中君はふんふん、なるほどと頷いた。

「春さんは・・・・阿佐と別れたいんすか?」

「ま、まさか!!」

「じゃあ、そこまで深く考える必要はないと思いますよ」

「アイツ、ああ見えても・・・・っていうかそのまんまだけど、繊細じゃないすか。
今まで相当春さんの気持ちを考えて付き合ってきたと思うんすよ。
だけど、今回春さんにキレられて、何でキレられたか分からなくて、それで悩んでるんじゃないっすかね」

森中君の言葉の一つ一つを噛み締めて考えると、なんとなく絡まった糸がほどけてくるような気がした。

「春さんもわりと気を遣って今まであいつと付き合ってきたんじゃないですか?
今、春さんもアイツの気持ち、分からないでしょう?それと一緒だと、オレは思います」

真っ直ぐに私を見つめながら、真剣に話してくれる森中君。
だけど、彼の言葉は・・・・かなり的確なヒントだった。
だんだんと慶太朗の気持ちが想像できてきて・・・・。

「アリガト!!森中君!!!なんか分かってきたかも!!!」

思わず、元気にお礼をしてしまった。

「春さん、そーっす、その意気っすよ!!」

私は今度、森中君にアイスをおごる約束をして、感謝の意を伝えたのだった。

 

ねえ、慶太朗。
私たちはお互い、とっても似ているかもしれない。
似すぎているから、見えないこともあるのかも・・・。
私の頭が整理できるまで、もう少し待っててくれる?

バイトの帰り道、星空を見上げて、少し遠くに居る彼に、届くはずもないことをつぶやいたのだった。

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