ツーツーツー・・・
通話終了の音が携帯電話から鳴っている。
あまりにも物事が突然に進みすぎて、頭がついていけない。
慶太朗は私になんて言った?
確か『距離を置こう』と言っていた。
私は慶太朗に嫌われた?
私の頭はただただ真っ白で、まともに物事を考えることが出来なかった。
なんで?
どうして?
これで終わりってこと?
ねえ、慶太朗。
嫌だよ・・・・。
そう思ったら、涙がたくさん溢れてきて、視界を滲ませた。
だめだ。
泣いたって何にも変わらないんだ。
泣くな!!
だけど、涙は止まらなくて、次々に溢れ出しては、瞳から流れ落ちる。
なんで、慶太朗は私の気持ちを分かってくれないの?
どうして気づいてくれないの?
ひどいよ・・・・・。
その涙は、まるで心の痛みそのもので・・・。
流しても流しても、暫く止まることはなかった。
そして、散々大声を上げて泣いた。
アパートにお隣さんがいるにも関わらず大泣きをした。
泣いて、泣いて、泣き喚いて・・・・・
そして泣き疲れた私は、そのまま堕ちていくように眠りについたのだった・・・・。
目が覚めると、時計の針はもう午前10時を指していた。
大学4回生ともなれば、もうほとんど授業はないので、講義の方は大丈夫。
ぼーっとした頭を抱えて、
まずは洗面所に向かおうとしてキッチンを横切ると、包丁と野菜が出っ放しで昨日の夕飯の準備の途中のまま。
きりかけた人参の水分が抜けて、淵が黒ずんでいた。
この夏の暑さで傷んでいるのが分かる。
まるでこの人参のように、私は干からびて、心がずたずただった。
洗面所でみた私の顔は酷かった。
昨日思いっきり泣いたせいで、目は腫れるは顔はむくむわ・・・・・。
とりあえず、お風呂にでも入って、アタマ冷やそう。
徐々に溜まるお湯を見ながら、私は昨日の出来事を努めて冷静に思い出すようにした。
そう、原因は何なのか。
途中までは穏やかな雰囲気だったのに、いつの間にか殺伐とした内容になってしまった。
昨日は感情的になりすぎて、うまく頭が回らなかった。
だけど、今日は少し落ち着いている。
だからゆっくり思い出そう。
何故、こうなったのか・・・・。
*****
着替えよし、スーツよし、ジャージよし、パソコンよし・・・・。
忘れ物、ないよな・・・・。
ついに明後日から俺の教育実習が始まろうとしていた。
ただし、宿舎生活になるため、家を出るのは今日である。
山ほどある荷物を、とりあえず車で運んで、それから一回家に戻り、身一つで宿舎に向かう予定だ。
この家とも暫くさよならだ。
ほんとなら、春にちゃんといってらっしゃいって言ってもらいたかったんだけど・・・・
今の状態じゃ、とってもじゃないけど無理だ。
・・・・今、何してるんだろ?
ふと時計を見ると、時刻は午後の5時を回っていた。
この時間なら、バイトしてるんだろうな。
いつもの笑顔を、お客さんに振りまいて・・・・。
ああ、無理。
早く春に会いたい。
ちゃんと話をしたい。
だけど、俺たちはこの試練を乗り越えなきゃダメなんだ。
ちゃんと、お互いの弱点を知って直していかないと、これから長く付き合えないから。
だから敢えて距離を置いたんだ。
これから先、長く付き合うことを考えれば、たった1ヶ月なんて短いものだろう。
それに、彼女が俺に悟って欲しかったこと、それも考えなければならないし。
心配なのは、春の気持ちだ。
春は「付き合う」のが初めてで、こうした大きなケンカも多分初めてだろう。
こうして距離を置くことの意味が分かっているのか。
やっぱり心配・・・。
だめだ、俺がちゃんと彼女を信じてあげないでどうするんだよ。
俺はかぶりを振った。
「じゃあな、春。俺行ってくるから」
返事のない部屋に、俺は静かに鍵をかけたのだった。