ep6 CRASH !!!
  

私の携帯電話のコール音が部屋中に響き渡った。
丁度夕飯を作るためにキッチンに居た私は、電話に出るために慌てて手を洗う。

・・・・もしかして、慶太朗?

慶太朗には夜、電話をかける予定だった。
だけど、こういうタイミングってよくかぶる。
ケンカして、謝ろうとしたときに彼から先に謝ってきたり、
逆に私が謝ったら、むこうも謝るつもりだったってこともあって・・・。
このジンクスが正しければ、今の電話は慶太朗からだ。

急いで電話のディスプレイを見ると・・・やっぱり。
『着信中 阿佐慶太郎』と映し出されている。

久しぶりに声が聞ける、と嬉しい気持ちが半分。
思いっきりキレておいて、のこのこいつも通り電話に出れるのか、という不安が半分。

だけど、向き合わなきゃいけないって思ったのは自分だ。
どうせあと数時間後にはこちらから電話をかける予定だったのだ。
それが少し早くなっただけ。
自分にそう言い聞かせて、3回深呼吸をしてから通話ボタンを押した。

『春?ごめん、俺だけど、今忙しい?』

「・・・・ううん、大丈夫。私も電話しようと思ってたから」

久しぶりの電話。
お互いどこかぎこちない。
だけど、乗り越えなくちゃ。

『俺、きっとあの日、春の気に障ることしちゃったんだよな、ごめん』

「私こそ、いきなり大声出してごめん」

いつも通りの仲直り。
だけど・・・なんだか腑に落ちない。
私はただ、採用試験に落ちたことで彼に八つ当たりをしたわけではない。
譲れないことがちゃんとあって・・・。

私が採用試験に落ちたっていうことは果たしてどういう事なのか。
それだけはきちんとはっきりしておきたかった。
お互いが理解したうえで、仲直りしなければならないと思っていた。
彼はきちんと分かっているのだろうか?
だから、慶太朗にこう尋ねる。

「ね、慶太朗、私がなんで怒ったか、分かった?」

『・・・・・・。』

沈黙が流れる。
だけど、これだけはしっかりしておきたい。
私はちょっとしたヒントを出した。

「採用試験、落ちちゃったのはしょうがない。だけど、問題はその先だと思うんだ。」

佐知子のあたりのくだりは1日寝たらもうどうでもよくなったので、割愛した。
そう、私がはっきりしておきたいのは、自分たちのこれからの話。
私が卒業してからのこと。
・・・・多分離れ離れになってしまうこと。

『ごめん。春の言ってること、俺にはよく分からない』

「私が理由を慶太朗がしっかり分かってからじゃないと、仲直りできないと思う」

『・・・・春は俺にどうして欲しいわけ!?』

あくまでも慶太朗自身で悟って欲しかった私だが、突然彼が語気を上げてきた。
まずい・・・。
さっきまで穏やかな雰囲気だったのに、それがガタガタと崩れてくるのが分かる。

『正直、俺なんで春が怒ったかわかんないし、あの日はあまりお前の気に障らないように、
さらっと励ますようにしたのに、なんでだよ!!』

「ごめん、慶太朗の気持ちは分かった、だけど―」

『だけどなんだよ!!!もう訳わかんねーよ!!』

「・・・・・。」

『めんどくせえ。ほんとめんどくせーなもう』

カチン。
その言葉が私に引っかかる。
それだけは聞き捨てならない言葉だった。

「めんどくさい、ってどういういこと?」

ここは私も引けない所。
だって、これから付き合いを続けていくのに大事なことだよ?
なのに、それを『めんどくさい』の一言で終わらせるのは如何なものか。

『そのまんまだよ、めんどくさい』

「それは逃げてるだけじゃない。面倒じゃない人付き合いなんて、ありっこない」

人は一人でなんか生きてはいけない。
要は面倒のかけあいである。
友人関係もそうだし、それよりももっと深い恋人関係なら尚更だ。
考えも価値観も違う他人同士が深く付き合っていくには、
さまざまな違いを乗り越えていかなければならない。
そのためにも、面倒ではあるが、お互いの違いを受け入れることが必要である。
それぐらいを受け止める器がないと、恋人として付き合っていくのは難しい。

果たして慶太朗はそこまで考えているかといえば、そうでもない。
優しいけど、まだまだ自分本位なところが多くて、最終的には自分の意見が通らないとヤケになる。
今が正にその場面だ。
もっと私たちが深く、長く付き合っていくためには、
そういう部分も慶太朗が成長しなければ・・・・とは思っていた。

「逃げちゃダメだよ、慶太朗。考えなきゃ」

『・・・・・・』

「私がなぜ怒ったのかをよく考えて。ただ謝るだけなら中学生でも出来る。
だけど、何が悪いのか分からないままだと、きっと同じことを繰り返してしまうから。
こんなケンカもう1回なんて私だってしたくない。だから慶太朗に考えて欲しいの」

『春、こうしよう。俺、来週から実習に行くし、明日からバイトもないし。少し距離置こう。』

なんで彼がそんなことを言い出すのか私には分かりかねて、思わずこう言ってしまった。

「それって逃げてるじゃん」

『俺だって考えてなかったわけじゃない。お前もお前でさっきまでの自分の態度、しっかり考えておけ。
俺はエスパーじゃないんだ。お前の気持ちが全て分かるわけじゃない』

「・・・・・」

返す言葉がなくて、私は黙りこくってしまう。
ほらまた・・・・彼は考えるのを辞めてる。
少し考えれば分かるはずなのに・・・・・。
彼が何を言いたいのか全く分からなかった。

『じゃあ、切るぞ』

私の了解を得ないまま、慶太朗は一方的に電話を切ってしまったのだった。


*****


電話を切った後、俺は携帯をベットの上に投げてため息をひとつついた。
・・・・凄く疲れた。
しかも何もいい方向に向かってはいない。
春との溝は深まるばかりであった。

春は一つ年上だ。
それは紛れもない事実。
嘘がつけなくてとても真っ直ぐな女。
それに加えて融通も利く。
面倒見がよくて、俺のワガママもしっかり聞いてくれる。

ただし、一つだけ。

彼女はコミュニケーションが下手だった。
表面的な付き合いは、受付でバイトをしていることもあり得意中の得意だろう。
そうじゃなくて・・・春は距離の近い人間との付き合いが下手だ。

彼女は勝手に人の気持ちを想像して思い込んでしまう傾向がある。
それが正確だったらまだいいが、あまり正確とは言い難い。
しかも、自分の気持ちを伝えなけばならないときに、正直に伝えてこないこともよくある。
今まで俺がどれだけ彼女の気持ちを悟ろうとして失敗し、
エスパーをうらやましく思ったことか・・・。

今回のこともそうだ。
自分が嫌だと思ったら、その理由を正直に伝えればいいのに。
『面倒くさくない人付き合いなんて、ありっこない』
『慶太朗は逃げている』
『考えなければならない』
と、もっともらしいことを言うだけで、自分の気持ちをダイレクトに伝えてこなかった。
要は自分の気持ちを俺に悟ってもらいたいのだろう。

それを今、言葉で伝えてくれれば、物事がとてもシンプルに済む。
そう思わないか?

もちろん、相手の気持ちを察してあげるのってのは、人として当然だ。
しかし、彼女は俺にそれを期待しすぎている。
本人の奥底にある気持ちなんて誰にもわかりっこないんだ。
それを俺に『考えろ』といわれても、それは無理なんだよ。
気持ちは言葉で伝えないと、分からないことだってあるんだ。

まあ、それでさっきイラついて言葉を荒げたから、事がもっと複雑になってしまったんだけど。

これ以上話をしていても、平行線を辿りそうだったので、
お互いアタマを冷やすためにも、冷却期間として1ヶ月、距離を置くことにしたのだった。

俺は俺で、彼女が重要なことを気づいて欲しい素振りだったので、考えてやる努力は必要であるし、
春は春で、俺が最後に彼女に伝えた言葉をしっかり考える必要があるだろう。


これから先、長くて深い付き合いをしたいと俺は思っているんだ。
だから、こういうこと、一つずつ潰していく必要があるだろ?
春、俺だけじゃなくて、お前も一緒に考えよう。


1ヵ月後、実習から帰ってきて落ち着いたら、彼女ともう一回話をしようと思っている。
フィーリングが合う彼女。
俺には最高の彼女。
こんなことで手放すつもりなんて毛頭もない。
ただし、その話の内容次第では・・・・どうなるか分からない。


俺たちにとって試練の1ヶ月が始まろうとしていた。

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