ep5  Think and Move !
  

春がキレた。
しかもなんでキレたのか俺には全然理解不能だった。
教員採用試験に落ちた春。
俺は優しく、あまり気に障らないように、努めて明るく彼女を励ましたつもりだった。
なのに、

『どうせ、頑張ったって受かるかどーかなんてわかんないじゃない!!!!慶太朗はいいよ、来年があるから。
でもね!私にはこの試験が全てだったの!!!!この試験に落ちたら、もう次はないの!!!!
就職浪人がどんなに辛いか分かってる!!???私の気持ちなんて分からない癖に、簡単にそんなこと言わないで!!!!』

と、きたもんだ。

なんだよ!
せっかくお前のことを思って励ましてやったのに・・・・。

あの後、バイトがあったけど、それはもう悲惨な状況だった。
俺の機嫌がこの上なく悪い時に、理不尽なクレーマーが俺につっかっかって来て、
危うく手が出そうになってしまい、店長にズタボロに怒られた。
まあ、俺が悪いのは認めるけど・・・・。
正直クレーマーだって酷かっただろ。
やり場のない憤りを感じて、俺はその夜、悶々として眠ることが出来なかったのだった。

春、お前ってそんなことでキレるような心の狭いヤツだったのかよ・・・。


*****


正直、あの時は腹が立った。
虫の居所が悪かったのは認めるけど、
あまりにも彼の励ましは私の気持ちを逆撫ですることばかりだったんだもん。

冷やかし半分で受けた友達が受かって、
ある程度努力していた私が落ちて、頑張ったって受かんないのかも、なーんて思ってしまっていたときの、
「次も頑張ればいいじゃん」という軽いセリフもそう。
だけど、一番許せないのは「来年就職したら、俺と一緒に就職できるじゃん」というセリフ。
どんだけ就職浪人が大変なのか、彼は知らない。

アルバイトで家賃と自分の生活費を賄い、それに加えて採用試験の勉強をすることがどんなに大変なことか・・・。
時給が900円前後で、毎日8時間働いていたとしても、給料から税金が引かれ、手取りのお金は減っていく。
働いた後でくたくたの状態で勉強をしたって、能率は高が知れている。
どう考えても生活を維持するのは難しい。というか無理だ。
一人で生活をするのはほぼ不可能であろう。
ということで私は実家に帰らなければならず、自動的に慶太朗と離れることになる。

・・・・それを承知の上であんなセリフを言ったのなら、本当に許せない。

なにを思ってあんなことを言ったのか。
社会をナメてるんじゃないか。
私と離れることに抵抗がないんじゃないか。
もう私のことなんてどうでもいい、って考えてるんじゃないか。
そう思ったら、なんだか腹が立って、電話でキレてしまったのだった。


・・・・あれから2日間、慶太朗には連絡を入れていない。
実はこんなに激しいケンカは今回が初めてだった。
いつもはその日のうちに仲直りや話し合いができる程度の話だったが、
さすがに今回はちょっと譲れない部分がある。
だけど、そこまで頑なになるのも、一応年上として大人気ないような気がして。
そろそろ、ちゃんと連絡を入れて話し合ったほうがいいと思った。

それに、バイトが始まる。
慶太朗ともたぶんシフトが絡むだろう。
やっぱ、周りの人に迷惑かけるのもよくないし。

多分話し合えば分かりあうことができるだろう。
そう、思っていた。


*****


「阿佐ー、お前どうしたんだよ。ここ3日えらいご機嫌ナナメじゃねーか。何?春さんとケンカでもしたの?」

森中が突然俺に尋ねた。
ぶっ!
穏やかな午後、文学部の学食で、俺は食していたカレーを噴出しそうになった。
なんで由佳子さんといい、森中といい、俺のこと分かっちゃうわけ??
お前らエスパーかよ??
そんな俺の様子を見て、森中は、「お、図星か!」と嬉しそうに言ったのだった。

・・・・いや、そんなに嬉しいことじゃないんだけど・・・。

こう言いたいのはやまやまだが、今はそんなツッコミを入れている場合ではない。

「何で分かったんだ?」

努めて冷静に、俺は森中に尋ねると、

「うーん、俺のカンだ。お前のオーラどんよりしてるし」

彼はにやりと笑ってそう答えた。
冗談半分で言ったようだが、あまりにも図星すぎて笑えない。

「何、なんかあった?結構深刻そうじゃねーか」

俺の顔色を瞬時に察知し、心配してくれる森中。
やっぱ、お前にはかなわないよな。
そう思い、俺は今までのいきざつを大体説明した。
彼ならば、いいアドバイスが聞けるかもしれない。

「うーん・・・・よくわかんねーなあ」

大体を話終えた後、森中は頭をぽりぽり掻きながら、困惑の色を浮かべた。

「春さん、そんなことでキレる人には見えねーんだけどなー」

「俺もなんでキレたか分かんないんだよ・・・・」

「うーん・・・・」

昼飯もそこそこに、俺たちはお互いに頭を抱えてしまった。

「・・・・なんか理由でもあったんじゃないか?」

「そうかなー?」

「オンナは複雑なの。オレらにとってどーでもいいことをすっげー気にすることってあるのよ」

「そうなのか?」

「そ。だから、春さんと落ち着いてちゃんと話してみろよ。向こうもそろそろアタマ冷えてきた頃だろ」

あくまでも冷静にアドバイスをしてくれる森中。
そうだよな・・・いつまでも推測論だけで悶々と考えてたってどうしようもないし。
ちゃんと春と向き合わなくちゃ。

「今日、連絡取ってみるよ」

「そうしろそうしろ。いいか、ちゃーんと春さんの話を聞いてやれよ」

「サンキュ、森中」

やっぱこいつに相談してよかった。
そう思い、俺は学食を後にしたのだった。
決戦は今日。
お互い、きっと仲直りしたくないわけではないと思う。
だから話し合えばきっと分かり合えるはずだ。
俺と春のことだ、絶対に大丈夫。

そう信じて、俺は帰路についたのだった。

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