ep4 Why ?
 
「すいませーん、もう閉館の時間ですよ」
 
「うわ、すいません」
 
「いいんだよ、毎日頑張ってるね」
 
壁にかけてある時計を見ると、時間はもう午後10時を回っている。
俺に微笑んでくれている図書館司書のおばちゃん。
そんなおばちゃんに、俺も精一杯の笑顔を振りまいて、いそいそと帰りの準備を始めた。
 
8月がやってきて、季節は真夏。
あと2週間で地獄の教育実習が始まる。
中学校の国語で教鞭を取る俺は、本格的に準備に追われており、ここのところ図書館にこもりっきりであった。
だけど、俺の実習の前にもっと重要なことがある。
それは春の教員採用試験の結果発表。
明日の午前10時に1次試験の結果が発表されるのであった。
 
恋人としては、もちろん受かっていて欲しいところなのだが、
頑張った人が受かるといえばそうでもないらしく、
全く勉強していない人や、冷やかし半分で受けた人が受かったり、
逆に一生懸命準備をしてきた人があっさり落ちたり・・・・と、
実に問題合否の基準があいまいな世界なんだとか・・・。
 
どちらにしても、教員といえば狭き門であることには変わりないのだが。

だけど、時々、こうやって自分の将来に真剣に向かっている春を見ると・・・俺は焦る。
本当に近い将来、1年も経たないうちに、俺も就職活動を始めなければならない。
でも、俺・・・そんな自分の姿が全然浮かんでこないんだ・・・。
正直な話、何の職業に就きたいのかさえ、あいまいで。
教員だって、そこまでなりたいわけではなくて、免許だけでも取っておこうって思っただけだったし。
大学に入ったときは、就職なんてまだまだ先のことだと思っていたけど、
こんなに早く、大人になるだなんて思ってもみなかった。
 
だから、
やりたいことを見つけるために、1年や2年ぐらいはフリーターでもいいんじゃないかな、
なんて思っている自分もいれば、
 
でも、これってただ逃げてるだけだよな?
なんて思っている自分もいて。
社会の壁は大きく俺に立ち憚っていたのだった。

*****

『落ちちゃった』
 
そんなメールが俺に届いたのは、翌日のお昼過ぎ。
10時に結果が出るのに、なかなか俺に連絡が来ない時点で、大体の結果は予想できていたんだけど・・・
こりゃー意外にも結構ショックを受けてる感じかもしれないな・・・。
そっけないメールの彼女だけど、なんとなく文面から推し量ることの出来るその気持ち。
どうフォローしてあげればいいのか、悩みどころだ。
 
春はとっても頑張っていた。
4ヶ月前から、それこそ大学受験でも控えてるんじゃないかって思うぐらい勉強に打ち込んでいて、時には寝食を忘れていたほどだ。
だけど、努力だけが認められるような試験ではないことも理解していて。
本当にどうなるか分からない、と自分でも言っていた。
それに、普段から気丈な彼女が落ち込むなんて珍しい。
まあ、そうでもなきゃ人間ではないだろうが、それでも俺には弱みを見せたことはあまりなかっただけに、少し驚いている。
 
きっとそういうときに俺の出番だよな。
右手に光るペアリングを、もう一方の手でぎゅっと握る。
 
春ならきっと大丈夫、採用試験だけがすべてではないだろ?
そんなことを言ったら、彼女も楽になるかもしれない。
俺が支えてやればいい。
そう思い、急いで彼女の携帯に電話をかけたのであった。

*****

実家のベットの枕元において置いた携帯から、バイブレーションのうるさい音が聞こえる。
長さからして、きっと電話であろう。
しかも相手は大体想像がつく。
きっと、今し方、自分の採用試験の結果を知らせた人から。
―だけど、今は話す気分じゃない。

そう、私は採用試験に落ちた。
 
狭き門だってわかってたし、自分が100%合格するってタカくくってたわけでもない。
だけど、それなりに頑張ってきたし、努力を重ねたつもりだ。
なのに・・・・。
―私は落ちて、佐知子は合格した。
正直、彼女は教員志望ではなく、半分冷やかし的な受験であった。
どう考えても、彼女が頑張っていた様子はなかったから、余計に腹が立つ。
全く勉強していない上に、教員やる気がない人が受かるだなんて・・・どういうこと???
 
私の心は、醜い妬みの気持ちで溢れかえっていた。
自分が落ちたことよりも、人と比べては、やり場のない憤りを抱え込んでいた。
 
こんな気持ちで、慶太郎の電話を受けることなんてできないよ・・・・。
 
ベッドの上で一人、低い天井を仰いだ。
 
こういうときはどうしたらいいかな?
どうやって感情のコントロールをすればいい?
妬んだって、合否が変わるわけでもないのに・・・・。
ああ、私ってほんと、幼い。
 
そんなことを考えながら、誰もいない家で、真昼間からまどろみ始めるのだった。

*****

昼間から全然電話が通じない。
午後4時を過ぎても、彼女は電話に出なかった。
いや、もしかしたら気づいていないだけかもしれないし、
何か用事があるのかもしれないけど、でも明らかに不自然だ。
俺も5時からバイトがあるから、そろそろ準備をしないといけない。
もう一回電話して、だめならまた明日にしよう。
そう思い、通話ボタンを押した。
 
一回目、二回目、三回目・・・・。
 
『・・・・もしもし?』
 
うわっ!低い声・・・。
こんな春の声はきっと寝起きの声だ。
彼女は壮絶に寝起きが悪いので、起きたての彼女を刺激するのはあまり得策とはいえない。
ここは明るく、さらっと励ましたほうがいいだろう。
そう思い、俺は少し声のトーンを上げて話し始めた。
 
「春?ごめん、寝てた?」
 
『うん、寝てたけど、だいじょうぶ』
 
「メール見たよ、残念だったな」
 
『・・・・うん』
 
「だけど春は頑張ってたじゃん、俺は分かってるから。
だから、また次頑張ればいいじゃん!そしたら俺と一緒の年に就職できるんだし!」
 
『・・・・・なにそれ』
 
あれ・・・・・?
努めて明るく励ましたつもりなのに、彼女の声は今にも爆発しそうな雰囲気を漂わせている。
 
『どうせ、頑張ったって受かるかどーかなんてわかんないじゃない!!!!
慶太朗はいいよ、来年があるから。でもね!私にはこの試験が全てだったの!!!!
この試験に落ちたら、もう次はないの!!!!就職浪人がどんなに辛いか分かってる!!???
私の気持ちなんて分からない癖に、簡単にそんなこと言わないで!!!!』
 
ブチッ!ツーツーツー・・・・・
 
嵐のような台詞の後、電話は一方的に切れた。
 
俺・・・・彼女を怒らせた・・・・?
 
紛れもない事実にただ、呆然とするばかりであった。
 
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