ep1 Darling Days
 
 

「こんばんわー」

私と慶太朗は、図らずとも一緒のタイミングでお客さんに挨拶をする。

すると・・・

「あら、今日も一緒に受付にいるのねー。いいわー私もダンナとそんな時期があったかしら~」

バイト先の常連のおばあさん、たぶん60近くだと思うけど、が私たちを見て、しみじみそうつぶやいた。
私も慶太朗も思わず苦笑い。
私たちの関係はどうも分かりやすいらしく、付き合い始めてから1ヶ月でいろんな人へ伝播し、
終いには常連のお客さんたちに、一緒に出かけている姿を目撃され、
大体の人たちが私たちの関係を知っているということになってしまった。

店長にはこっぴどく叱られるし(お客さんに関係がばれたことで)、
智美とか由佳子さん(大学院に進学したため、まだバイトを続けている)とか森中君とかいつもにたにたしているし。
いろいろあったんだけど、今では「公認」としてバイト先では落ち着いた。
ほんと、公私混同もいいところで、自分としては不本意なんだけど・・・・・
こればっかりはどうしようもないよなあ・・・。
まあ、いいんだけどね。

「ねえ、春。今日俺、肉じゃが食いたい」

おばあさんがロッカールームに向かった直後、慶太朗が突然こんなことを言い出した。
お客さんがいないときにはまさに家の中での会話そのままのことが多い。
だけど、どちらかといえば、私は仕事の時にはけじめをつけたいんだけど・・・
いつものらりくらりとはぐらかされ、今に至っている。

「今、仕事中」

そう言っては見るものの・・・。

「いいじゃん、今言わないと忘れそうなんだもん」

ほらね、またこのパターン。
誰も見ていないからいいものの、これを店長に見られたら、怒られるのはたいてい私だってこと知ってる?
とりあえず、私のほうがバイト暦が1年長いことから、基本的に上司扱い。
だから、私が勤務中のバイトのミスは私のミスになるのだ。

だけど・・・その笑顔には、勝てないんだよなぁ・・・。

慶太朗は表面上、人付き合いもそつなくこなし、甘めのルックスでお客さんにとても人気だ。
しかし、そんな彼のふんわりとした笑顔は表面上の顔。
笑顔を見せながら、心の中ではブラックでキツイことも平気で言うような性格である。
だけど、そんな彼が、本当に心の底から笑っているときももちろんあって。
その時は、穏やかな笑顔を見せてくれる。
私以外の人には滅多に見せないその笑顔は、また格別。

だから、私は慶太朗の笑顔に弱い。


「よう、あほっぷる!!」

「誰が!!」

「春ちゃん、怒らない怒らない」

私の同期の智美が受付までやってきた。
どうやら今日は自分の受け持っているマシンジムが暇らしい。
彼女がこうやって受付に来るのは日常茶飯事なんだけど、
どう考えても、このタイミングは、冷やかしに来たに他ならない。

「智美さん、そう思うんなら邪魔しないでくださいよー」

「ちょ、慶太朗!!」

「お、言うねー、阿佐ちゃん」

はあ・・・・。
智美と慶太朗が目立たないように雑談するのを横目に、私は深くため息をついた。
なんだか、働いてるんだか、遊んでるんだか分かんないよなぁ・・・。
ときどき、こうやって慶太朗との価値観の違いを感じることがある。
まあ、人間皆同じ、っていうわけでもないから、当たり前なんだけど。
それでも、なんとなく「ま、いっか」という気持ちになるのは、
やっぱり彼が好きだからなのだろう。


*****

「ただいまー」

「あ、春。お帰り」

相変わらずのジャージ姿で、彼女が帰ってきた。
俺たちは、今、所謂半同棲生活をしている。
お互い一人暮らしで恋人がいるのなら、このような生活になるだろう。
どっちかっていうと、俺の家のほうが広くてキャンパスにも近いから、彼女がこっちにくることの方が多かった。

時計は今、夜の8時を指していた。
春は2ヶ月前に部活を正式に辞めたものの、
4年生になってから、卒論の準備やら、公立学校の教員採用試験の勉強やらでとっても忙しく、
比較的授業が盛りだくさんの俺よりも帰ってくるのが遅かった。
それに加えて、バイトのシフトもばらばらになることが多く、部屋に一緒に居られる時間もそこまで長くはない。

「ごめん、卒論の指導受けてた。ご飯作るね」

「よろしく、あ、でも簡単でいいよ」

「そのつもり」

この3ヶ月の間に半同棲のルールが暗黙の了解として出来上がりつつあった。
俺は料理がからっきしだめなので、作るのは春。
ただし、洗い物や片付けは俺が主導。(というのも、春が手伝ってくれることが多い)
洗濯は俺、部屋の掃除は春。

彼女はO型でありながらも、家事は結構マメにやるタイプらしい。
そのおかげで、春と付き合う前の俺の部屋といったら、散らかりすぎにも程があったが、
今ではとても美しい部屋に大変化である。

だんだんと部屋にいいにおいが漂ってきて、食欲が刺激されてきた。
このちょっとスパイシーなにおいは・・・・マーボー丼に違いない。
俺はキッチンに向かい、彼女に本日の献立を確認する。

「春、今日はマーボー丼?」

キッチンに立つ彼女に後ろから抱き付いて、そう尋ねると、体がピクッと反応した。
3ヶ月経つのに、そーいうところがまだ初心だよなー。

「ご覧の通り、マーボー丼とサラダでございます。」

フライパンを使ってジュージュー音を立てて、マーボー丼の具を作っている彼女は、こちらを向いてくれない。
だけど、耳が少し赤いんだよなー。
こういう初心なところがやっぱりカワイイ。
1つ上なのに、全然そんな雰囲気がない。
ダメだ。カワイイ。
こういうときの俺は見境がなくなるときがある。

「はーるー、こっち向いて?」

「むり。マーボーが焦げる!!」

必死になって、照れる彼女がまた可愛くて、またちょっといじめたくなってしまう。
かわいい子はいじめたくなる。
これ、男の常識だろ?

「春ってばー」

名前を呼んでも反応してくれない彼女に、俺はわざと大きく音を立ててほっぺに軽いキスをする。
ちゅ、という音がキッチンに響くと、彼女は耳を更に真っ赤にさせる。

「ちょっと!」

まだまだ照れる彼女が、怒りながらもついにこちらを向いた。
俺はそれを逃さない。

「けいたろ・・・・」

抗議を言い終わらないうちに、俺は彼女の唇を塞いだ。

「・・んんっ」

何か言いたそうだけど、そんなの関係ない。

「もー!!今、料理中なのに!」

十分に彼女の唇を堪能した後、開放してやると、ぐったりしながらも抗議する彼女の姿が。
でも、ガスコンロの火はちゃっかり消してあった様子を見ると、それほど嫌だったわけでもないだろう。
やっぱりカワイイ。
ほんとはもう少し続きがしたいんだけど、ご飯を食べるほうが先である。
だから我慢をして、居間に戻るのだった。

3ヶ月付き合っても、まだまだ俺は彼女に飽きることがない。
今までだったら、3ヶ月持てばいい方だったのに・・・・。
ほんと、彼女と出会えたのは運命じゃないか。
なんて柄にもないことを考えるくらい、本当に相性がよいと感じていた。

こんな関係がずっと続いていくといい。
心からそう願っていた。


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