先輩と一緒に飲みに行った1ヵ月後。
「嫉妬、だといいけどねえ~」
バイト中、由佳子さんにあの飲みでの出来事を話すと、
にやにやと少し意地悪そうに俺のことを見てこう言った。
なんでそんなに楽しそうなんだよ、あんたは。
まるで他人事のような由佳子さんを見て、俺は心の中で悪態をついてしまった。
「春ちゃんの考えていること、誰かさんとは違って分かりにくいのよねえ~」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか・・・
由佳子さんは更に意地の悪いことを言ってくる。
しかし、こんなことを言われても尚、なぜかこの人には逆らえない。
かんっぜんに他人事なんだよな、この人・・・・。
相談をした人を間違えたのではないかと自問自答する。
が、もうなかったことにはできない。
「あ、だけどこの間、春ちゃんからこんなこと聞かれたのよ」
少しはよい情報が得られるかもしれない。
だからなんですか?と聞き返す。
「『例えば、自分と仲のいい人が、他の人ともとっても仲良くしていたら、どう思いますか?』って」
「まじですか??」
「ええ、まじで」
とってもおしとやかに答える由佳子さんだが、これってもしかしてって思いませんか??
「で、由佳子さんなんて返したんですか?」
「『女ならちょっと仲間はずれになった気がする気もするし、男だったら嫉妬する』って言ったけど?」
「で、城高先輩は?」
「嫉妬って何?って感じの顔してたわね・・・。」
え?ほんとそこまで知らないのか?
由佳子さんから聞いた情報は、俺にかなりの衝撃を与えた。
いや、先輩だって人なんだから、恋のひとつやふたつ経験しているに違いないのに・・・・。
それなのに、「嫉妬」を知らないと?
なんだか違和感を感じるのは俺だけだろうか?
*****
1週間後、その謎は智美さんの情報により、理由が判明した。
「阿佐ちゃん、あいつは結構な天然記念物であることが判明した」
またまたバイト中、智美さんが少し呆れた顔をして俺に話しかけてきた。
最近バイトもほぼ恋愛相談所みたいになってきているなあ・・・・
自分の公私混同ぶりに苦笑いしながらも、言葉の意図が分からず、智美さんに思わず聞き返した。
「天然記念物?」
「そ、天然記念物」
どういう意味か分かりかねて考えていると、智美さんが衝撃の一言を俺に告げた。
「春はね、本気で人を好きになったことがないらしいよ」
「はあっ!!??」
思わず大声を上げる俺に、智美さんの本気の蹴りが入る。
仮にもバイト中。
お客さんに不振がられる行動をすれば、クレームが入ってしまうのだ。
だから、耳打ちで話を続けた。
「どうも、小学生のクラブでスポ根を植えつけられたみたいでね・・・・」
智美さんの話をまとめると、城高先輩は小学生のクラブで恋愛禁止令を受けてしまい、
『バスケが上手くなるためには、恋愛をしてはいけない』ということ真に受けて、
今日この日まで生きてきたとのことである。
それを聞いて、ほんとにそんな人いるんだな・・・と逆に感心してしまった。
この話を聞くと、先週の疑念もこれですっきりする。
人を好きになったことがない人ならば、当然、嫉妬という感情を最初から理解できるはずがない。
だから、由佳子さんとの会話もうまくかみ合わなかったのだろう。
ほんとにどんだけニブチンなんだろう、あの人は・・・。
そりゃあ、確かにあんま恋愛経験なさそうだなとは思ったけど、
まさかそこまでだったとは・・・・。
確かに智美さんが『天然記念物』だといって呆れるのも分かる。
だけど、穢れない人だってことが今回の情報で分かり、正直俺は嬉しい。
ひとつ、俺の中ではっきりしたことがある。
俺が彼女の『初めて』の人になりたい。
このことを知って、はっきりとそう思った。
もう、先輩が俺のことをどう思っていようが関係ない。
俺のことを好きにさせたい。
こう決心した。
「智美さん、ありがとうございます。この情報で俺、決心つきました」
智美さんにそう告げると、彼女からは、がんばれよ!という言葉を頂いた。
1ヵ月後に迫った12月のクリスマスイブに勝負をする。
そう、決めたのだった。
*****