RE:ep8 Truth or False?
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「先輩、最近大丈夫ですか?なんか溜まってません?」

2日後。
駅前の安いチェーン店で先輩と二人、酒を飲んでいた。
『とにかく、酒の勢いで襲うのはだめよ』
『春の最近のアレは部活のことだと思うから、そこから話し聞いてやりな』
などなど、いつもの如く、智美さんと由佳子さんよりアドバイスを受けてから、今回の飲みに挑んでいる。
そんなわけで、今回はなんだか悩んでいる先輩の心を聞いてあげようという目論見だ。

飲み始めてから1時間は経過しただろうか・・・・。
先輩は初っ端からずーっと生中を頼みまくり、(もう既に3杯開けている)
ちょっと酔いが回ってきている感じがしている。

というか、男と2人きりの飲みでずーっと生かよ。
ホント先輩はいつも俺の予想の範疇を超えてくるよな。

そんな彼女に、俺はついつい「先輩、オトコマエ」と気の利かないことを言ってしまい、
ちょっと自己嫌悪に陥ってしまったのも、もう最近毎度のことである。

「うーん、部活をね、やっぱり辞めたいんだけど辞められなくて・・・・」

そこから始まった先輩の鬱憤は、智美さんの予想通り、
部活を辞めたいのに、同期に引き止められていて辞められないという話だった。

「私なんてほんとヘタクソなんだよ、チームになんかいらないと思うんだけどな・・・・」

「どうして私なんか引き止めるんだろう」

「こんな役立たず・・・・」

いつもの先輩からは考えられないこのマイナス思考・・・。
そうか、彼女の自己評価の低さはここからきているのか・・・。
そう直感した。

そのほかにもいろいろお話をしたけど、いつもとは少し違って、悩んでいる先輩の姿を垣間見ることが出来た。
少しは俺でも彼女の心を癒すことが出来た・・・と思いたい。

やっぱり先輩はアンバランスな人だ。
普段からからっとしていて、時にはミスもするけど、仕事だって完璧だ。
だから、悩みなんてあるようには見えないのに、いろんなところで悩んでいる。

ん・・・?あれ?

ふと会話が途切れ、彼女の方を見ると、見事にテーブルへ顔を突っ伏している。

「せんぱーい」

反応がない・・・・。
俺、もしかしてやっちゃった?

彼女が潰れたということは、俺が家まで送らなければいけない。
いや、別に送ること自体はいいんだけど、家も知っているし。
寧ろ心配していることは、彼女を介抱しなければいけないということで・・・・・。

おいおい!大丈夫かよ俺!!

でも、混乱する一方で、こんな考えが浮かんできた。
大切な人の名前を呼んでみたい。
いつもは『先輩』としか彼女のことを呼ぶことが出来ない。
だけど、彼女の意識がないと分かれば、大丈夫。

「春・・・さん」

初めて呼んだ彼女の名前。
すると、彼女は「・・・ん」と言って体を捩った。
なんだかとても恥ずかしくて、くすぐったい・・・。

あ、なんで他の人みたいに名前を呼べないのか、わかっちゃった。

名前を呼ぶことすら恥ずかしいぐらいに、彼女に惚れてる。

ったく、ほんと、中学生レベル。
俺は苦笑をこぼし、居酒屋を後にしたのだった。


*****

「うーん・・・・」

「先輩、少し飲みすぎです」

飲みすぎた先輩を介抱しながら帰路についている途中、
ほぼしゃべることのなかった先輩が意識を取り戻した。
智美さんから『あまり強くないから、飲ませすぎないでね。』とは言われていたものの、
気づいてみれば、ジョッキ6杯の生ビール。
見事に飲ませすぎてしまった訳である。
こりゃー後で何か言われるだろうなあ・・・。

先輩の暖かさを俺の左側に感じる。
それだけでも、正直緊張してしまってどうしようもない。

介抱されて歩く彼女は、いまや俺に頼っていないとしっかり歩けない。
いつもきびきびと歩く彼女の姿はどこへやら。

「阿佐くん、さいきんつめたくない?」

突然、ほとんどうわごとのように俺に話しかけてくる先輩。
どことなく舌足らずで呂律も回っていない。
酒に酔ってほてった顔、腕にしがみ付いたままの上目遣い。
いつもとはちょっと違う色気のある話し方。
一端の男としても、ちょっといろいろぶっとんでしまいそうで怖い。

いつもの彼女なら、絶対にこんな雰囲気で、こんなことは言わないだろう。

「え?そんなことないですよ?」

俺はどきりとしてしまって、思わず声が上ずってしまった。

「だって、教育実習帰ってきてから、つめたい」

少しむくれたその態度。
まるで子どものような話し方。
絶対酔ってる。
というか多分もう明日になったら覚えてないだろう。

いろいろ考えをめぐらせている間、先輩は話を続ける。

「わたし、なにかした?」

ほとんど目を瞑っていて、こっちを向けていない。
普段なら人の目をしっかりと見て話をする先輩なのに・・・。
だけど、それもまた、はにかんでいるように見えてしまう俺はかなり末期だと思う。

酔っているときに出る言葉って、他愛もないことの方が多い。
だけど、先輩みたいに内に溜めるタイプは本音をついついしゃべってしまうこともある。

だから・・・・
もしかして、ほんともしかしてだけど・・・・、俺のこと気にしてた??

「そんなことないですよ。先輩はいつも僕を助けてくれてます」

まるで子どもをあやすような話し方になってしまう。
なるべく優しく答えたはずなのに、それでも彼女の表情は曇ったままだ。

「ほんと?」

「ほんとです」

「じゃあなんでまど香といっぱいしゃべるの?」

え・・・・。
先輩、それって・・・どういう意味?

「あ、ここわたしのいえ!」

そう言おうと思ったときに、タイミング悪く先輩の家に着いてしまった。
彼女はありがとうと言って、2階にある自分の部屋に向かおうとするが、
足元が覚束なくて、ふらふらしている。

やっぱ、ほっとけない。

「先輩、部屋まで送っていきますから」

思わず体が先に動いて、彼女の腕を抱え込んだ。
抵抗されると思いきや、その様子はない。
何も話さないまま、部屋まで彼女を引っ張っていく。

「何号室ですか?」

「205」

階段を上って3つ目の部屋だった、先輩は部屋の鍵を取り出すが、上手く開けられない。
見てて、じれったさを感じる。

だめだ・・・・このままじゃ、早く別れなきゃ。

いつもよりも素を見せてくれて、
しかも舌足らずで子どもっぽくなっている先輩にこれ以上触れていたら・・・・。
正直いろいろ我慢しているのがふっとんでしまいそうで怖い。

もちろん、男としてのものもあるけど、
この間も感じた、先輩に対する想いをついつい出してしまいそうになる感じ。
ああなってしまうと、もう抑えきれる自信がない。
まあ、今のタイミングで伝えたとしても、絶対覚えてないだろうなとは思うけどね。

「ほんと、阿佐君ありがとう・・・ってううわぁ!」

部屋に上がろうとした先輩はバランスを崩して転んでしまった。

ああ、もうまた。

先輩が転ぶことはよくあるけど、今はタイミングが悪すぎる。

「大丈夫ですか?」

あれ・・・返事がない。
心配して様子を見てみると、静かな寝息が聞こえた。
・・・・どうやら今度は寝てしまったらしい。

はあ・・・。
またひとつ、ため息をついた。
どうしよう?

やっぱり、玄関先で倒れるようにして寝ている先輩を放ってはおけない。
覚悟を決めた俺は、先輩を半分引きずるようにして、部屋の奥まで連れて行った。
筋肉質で、身長もそこまで変わらない彼女を抱え上げることは、
華奢だと言われている俺にとってすこし難しかった。

台所と洗面所を通過してたどり着いた彼女の部屋は、小綺麗な部屋である。
それが第一印象だった。
ただし、余計なものはひとつもない。
あまり生活感がないというか、そういう意味では、殺風景と言ってもいいかもしれない。

その部屋の一番奥にベットだあったのでそこに彼女をなんとか横たえさせる。
静かな寝息を立てている彼女。

その安らかな顔といったら、男としての理性をぶち壊してしまいそうで、ほんと、目の毒・・・。
さて、早く帰ってしまったほうがいい。

あ、でも智美さんが、二日酔いになるって言ってたから、何か柑橘系のジュースがあったほうがいいかも。
というか、先輩意識なくなったんだし、ちゃんと一言残したほうが安心かな・・・。

こんなところで俺のA型精神が惜しみもなく発揮される。
ああ、悲しいかな悲しいかな。

近くにコンビニがあったことを思い出したので、そこでジュースは調達しよう。
そう思い、コンビニへと向かいながら、俺は自分の頭を冷やした。

『たとえあいつが潰れたとしても、手を出したら一環の終わりだからね』

そう、智美さんの世にも恐ろしい脅しを受けている。
手を出したらいけない。
改めてその怖さを思い出した。

そう、ここで我慢出来なければ、先輩とはきっと口も聞いてもらえなくなるだろう。
それは今の俺にとっては一番恐ろしいこと。
そんな想像を巡らせたら、理性を働かせることは簡単だ。

それにしても・・・・。
今日の先輩の言葉・・・・。

『じゃあなんでまど香といっぱいはなすの?』

思い出すと、改めてその言葉を裏読みしたくなる。
というか、いい方向に捕らえたがる自分がいる。
だって、だってまるで嫉妬してるみたいじゃないか。

少し肌寒くなった風は、もう秋のそのもので。
空を見上げると、なんとも綺麗な空に星が輝いていて。


ねえ、先輩。

ちょっと俺、期待してもいいですか?


部屋ですやすやと寝息を立てているだろう先輩に、俺はそっと思いを馳せたのだった。


*****

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