RE:ep7 Afraid of me
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先輩が実習から帰ってきた。

ちょっと顔つきがきりりとしたような気もする。
それは「先生」として1ヶ月過ごしたからだろうか?
とにかく先輩は少し変わった。

「ねえねえ、慶太朗。今日の帰り、森中君と3人でマック行こうよ」

マシンジムに入っていると、まど香さんが俺に話しかけてきた。
先輩たちがいなかったこの1ヶ月、同期3人でよくメシを食いに行くことがあり、
俺たちは以前よりも仲良くなった。
まあ、森中がうまーく取り持ってくれているけど、正直俺はまど香さんが苦手だった。
男に「かまってほしい」オーラがぷんぷん出ているためだ。
文学部の女と大して変わらないこの態度。
それがカワイイんじゃないの?という意見もあるだろうが、俺はやっぱり苦手。
だから表面的な会話をしているけど、彼女とはある程度距離を置きたい。

「悪い、俺今日は課題がいっぱいあるから、行くんなら森中誘って」

だからそうやって、ある程度誘いを断ることにしていた。
しかも先輩に変な誤解をされたくない。
まあ、嫉妬されたいという気持ちもないわけではないが、
智美さんから『変な駆け引きに出たら、絶対引かれるよ』と忠告されていたので、そこは自重。

「えー、慶太朗いかないならいいや」

超有名なフィギュア選手からこうやって声掛けられて光栄なはずなのに。
ファンの人に見られたら、俺絶対嫌がらせされるよな・・・・。
まど香さんには申し訳ないけど、俺はやっぱり心に決めている人がいるから。
「また今度ね」と言って、去っていくまど香さんの後姿に、こっそりと謝るのだった。


*****

先輩、最近元気がないなあ。

森中とまど香さんと3人で帰路をたどっていても、考えるのはそのことばかり。
どこか哀愁漂うその姿は、俺から見ても同情を誘う。
智美さんに聞いても「わからない」って言ってるし、ほんと何があったんだろうと心配になってしまう。

今日も一緒に受付に入っていたが、ミスが多い。
直接大事には至らないものばかりだったが、彼女にしては珍しいことだった。

「あれ?あれ春さんじゃん!春さーん、おつかれっす!」

そこには徒歩で帰路についていた春さんがいた。
手には携帯を持ち、声を掛けられたことにびっくりしている様子だった。
成り行きで4人で帰宅する道中、
まど香さんと森中が話を盛り上げ、時々先輩にも笑顔が見られるが、あれは心から笑っているものではない。
いつもの「綺麗な」笑顔である。
先輩が本気で笑っているときは、もっと無邪気な顔をする。
ああ、なんとなくあわせているんじゃないかな。
そう思った。

「じゃあオレとまど香はここで」

分かれ道に差し掛かり、2人は別の道を辿っていった。
残されているのは、俺と先輩。
二人きり。
やっぱり先輩になにかあったのかとても気になっている俺がいる。
出来ることなら、無邪気なあの笑顔、俺に見せてほしい。
俺に何か力になれることはないだろうか・・・・。
そんなとき、1ヶ月前、先輩と飲みに行くという軽い口約束をしたことを思い出した。
あのときには軽い気持ちだったけど、もしかしたら一緒に飲みに行けるかも。
お酒の力を借りて、先輩の悩みを聞いてあげることもできるかもしれない。
ちょっと、誘ってみようか。

「先輩、なんかあったんですか?」

俺は勇気を出して、話を切り出した。
すると、先輩は少しびっくりしたように、でも少し気まずそうにぽつりとつぶやいた。

「私変かな?森中君にもバイト中に同じこと、言われたんだけど・・・・」

うそ、この人まさか無自覚・・・?
俺のほうがびっくりしてしまう。

「え?!自覚ないんですか!?とっても哀愁漂ってますけど・・・・」

やっぱ、俺この人の前で気の利いたこと言えないよなあ・・・。
と、自分の思いやりのなさにがっくりしながらも、どう飲みの話を出すか考えてた。
すると、再び智美さんの言葉が頭の中に響いてきた。
『変な駆け引きしたら、絶対引かれるよ』と。
だからド直球勝負に出ることにした。
ええい!だめもとだ!!!

「そうだ!先輩、‘約束’覚えてますか?」

ちょっと・・・声が裏返ってしまったような気もするけど。
変にしどろもどろしたほうが逆に怪しいだろう。
とにかく、今必要なのは明るい雰囲気である。

「お疲れ会、でしょ?忘れるわけないじゃん。」

すると、先輩の顔つきが少し明るくなって返事が返ってくる。
あ、覚えてくれてたんだ。
正直、軽い口約束のつもりだったから、覚えてもらっていて素直に嬉しい。
と、なれば後は日にちを決めるだけである。
出来るだけ早いほうがいい。

「学校始まる前に行きましょう!いつが良いですか?」

と、何の疑いもなく俺が言うと、

「いつもなにも、あと2日しかないでしょ?」

初めてと言って良いくらい先輩からのつっこみを受けてしまった。

あ、そうだった。
2ヶ月あった夏休みものこり2日。
もうすぐ暦も変わり10月になる。

だけど、その俺のボケがツボに入ったのだろうか、先輩はおなかを抱えて笑い出した。

あ、俺が見たかった無邪気な笑顔。

「笑った」

「え?」

だから思わず声に出して言ってしまった。
俺も彼女の笑顔に釣られて顔が緩む。
そして、だんだんと自分の感情があふれ出してくるのが分かる。

「先輩は、やっぱ笑顔が良いと思いますよ。」

こんなこと、言っている自分も恥ずかしいけど、俺の正直な気持ちであることも確かだ。

だけどこんなのいつもの俺じゃない。
だけど気持ちがとまらない。

「バイト中の営業スマイルもいいですけど・・・だけどやっぱり自然な感じが一番いいですね」

すると「私の笑顔ってそんな作り笑いっぽい?」と半分冗談チックに先輩が聞いてきた。
あ、まずい。本音を言い過ぎている。
いつの間にか顔が必死になっていることに気づいた。
だからあわてて俺は「違いますよ」と頭をふる。
これ以上は深く話が出来ない。

・・・・このまま話し始めたら、上手くまとまらないまま、俺の気持ちが中途半端に彼女に伝わってしまいそうだ。
今はまだ俺の気持ちを伝える時期ではない。

必死に感情を抑えて、俺はお客さん話すような雰囲気で話した。

「また今度、ゆっくり話しましょう」

それ以上は深く語らなかった。
そして二日後に飲みに行く約束をして彼女とは別れたのだった。

それにしても・・・・あの感情の昂ぶりはなんだ??
危うく、自分の気持ちを言ってしまいそうになった。

酒を飲んで今日みたいなことになったら、俺抑えられる自信ない・・・。
一抹の不安を抱えながら、俺はその日を迎えるのだった。

*****

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