先輩が実習に行ってから3週間。
こっちはぼちぼちやっている。
まあ、人が少なくなったおかげでバイトの回数が増えて大変だけどな。
それでも、森中やシーズンオフののため、週3でシフトに入っているまど香さん、それから由佳子さん。
学生バイト4人で、先輩と智美さんの穴を埋めることは可能だった。
正直、受付はかなりギリギリだけど、それも後1週間の辛抱だ。
『1回だけは電話をして春を励ましなさい』
俺には、智美さんからのこんな『宿題』が出ていた。
いまや、彼女とはツーカーになりつつあり、ほぼ毎日メール交換(主に先輩に関する情報交換)をしている。
智美さん曰く、『春にまとわりつく害虫は排除した』とのこと。
どこまでホントでどこまで適当なのか分からないけど、
多からず少なからず、実習ラブということはよくあるらしいので、
智美さんのようによく協力してくれる人がいるとありがたい。
でも、そろそろその『宿題』を済ませなければならない時期だ。
実習はあと1週間。
励ますならば、今が最後のタイミングであろう。
これより遅くなってしまっては、すこし不自然になってしまう。
だけど、俺だって人並み・・・というかそれ以上に自信がない。
今は午後9時過ぎ、電話したら彼女にとって迷惑ではないだろうか?
とか。
俺からわざわざ電話で励まされたぐらいで彼女のためになるのか?
とか。
考えてしまう。
まるで中学生だよなーこれじゃあ・・・・。
電話1本でなんなんだよ。
今までだったらこんなこと、全然大丈夫だったじゃないか。
でも、情けないぐらいに不安なんだ。
ああ、でも、声が聞きたい。
あの受付に向いている、澄んだ綺麗な声。
こんなに揺れる気持ちになるからこそ、本気なんだなって考えられる自分がいる反面、
本当に不安で不安でしょうがない、感情的になっている俺もいる。
ね、先輩。俺電話しても良いですか?
・・・・いいですよね?
思い切って、俺は携帯からメモリを探す。
運動なんかしていないはずなのに、心臓がばくばくいってるのが分かる。
し、し、しろたか・・・・あった。
よし!覚悟を決めろ俺!
目を瞑って、携帯の通話ボタンを思いっきり押した。
電話の呼び出し音が鳴る。
一回目、二回目、三回目・・・あれ、出ないな。
四回目、五回目、六回目・・・寝ちゃったのかな。
プツっ
『・・・・・もしもし、城高です。』
うわっ!聞いたことない低い声・・・・。
もしかして、怒ってる?
そういえば、1回先輩が怒っている姿を見たことがある。
実習に行く1週間ぐらい前だったか・・・・
丁度学校の近くの交差点で先輩を見かけた。
それでいつも通り声を掛けたんだけど、振り向いた彼女の顔はそれこそ般若のような顔つきで。
いつものバイトでの綺麗な笑顔・・・要は営業スマイルなんだけど、
その顔からは想像もつかないぐらいの鬼気迫る顔であった。
一瞬でいつもの顔に戻ったが、正直結構怖かった。
なんだか部活でいやなことがあったとのことだったが、
あの人を怒らせちゃいけないんだろうな。ってことを悟ったことはよく覚えてる。
そんなことがあったからか、余計に先輩が怒っているような気がしてならない。
とりあえず、おどけようか。
「・・・・すいません、先輩寝てました?阿佐です」
数秒、無言になる。
だけど、緊張して頭が真っ白だった俺は、あせって不安が大きくなってしまって。
やっぱ電話を切ろう。そう思った。
「・・・・先輩、怒ってます・・・よね?大した用じゃないんで、いいです」
『ちょ、ちょっとまった!怒ってない!怒ってないから!』
電話の向こうからひそひそ声ながらも、すこしあせった先輩の声が聞こえてきた。
その声を聞いてすこし顔が緩む。
あ、いつもの先輩に戻った。
そのあとは普段の会話。
気がついたら30分も話していることに気づき、自分からちゃんと電話を切った。
電話を切る直前、時間を取ってしまったことを詫びる俺に対して、
『大丈夫だよ。私もそっちの話を聞けて、気分転換になったし。楽しかったよ。』
といってくれた。
例え社交辞令だとしても、電話したかいがあったと思える一言だった。
*****
「あら、阿佐ちゃん。嬉しそうね、なにかあった?」
翌日。
バイトで一緒に受付に入っていた由佳子さんはズバっと聞いてきた。
「え?僕ってそんなわかりやすいですか?」
「ええ」
って即答ですか・・・・。
はあ、由佳子さんと智美さんにはかなわないな。
「何、春ちゃんと電話でもしたの?」
そこまで分かってしまうんですか、由佳子さん・・・。
もう、降参である。
俺は「まさにその通りです」と素直に白旗を揚げた。
「なんで分かったんですか?」
不思議に思ったから、思い切って由佳子さんに聞いてみた。
「え?だって、智美ちゃんから『宿題』のことは聞いてたし、阿佐君顔に出るし。
あなたが嬉そうにしているってことは春ちゃん関係じゃない?」
由佳子さんは当たり前のことを言うかのごとく、さらっとそう言った。
俺、結構気持ちが顔には出ないって言われていたはずなんだけど・・・・
ここ最近お姉さま方には、自分の気持ちを当てられてばっかでヤな感じである。
「なんでって顔しているけど、意外?」
また当てられちゃったよ・・・・。
もう勘弁してくれ。
と言いたくなるが、ここは我慢である。
「ええ。まあ・・・・」
「じゃあ、春ちゃんパワーかな~」
ふふふっと綺麗な笑顔はまるでモデルさんのようだ。
そう、この人は本当に芸能活動でもしているんじゃないかってぐらいの綺麗どころ。
だからこそ百戦錬磨な匂いが漂っている。
そのこともあってかカンが鋭い。
この人は本当にエスパーなんじゃないか?
「ほら、あの子って素であれじゃない?だから、こちらの取り繕った部分も剥ぎ取っちゃうのよ。
私もあの子の前じゃ、なんだか嘘つけない気分になるし・・・それでもって、人のことよく見ているくせに、
自分に向かってくる気持ちにはかなり鈍感だったりするじゃない」
確かに・・・。
由佳子さんの先輩分析はとても納得できるものがあった。
先輩は本当に人をよく見ている。
人の表情やしぐさを事細かに見て、対応している。
まあ、受付で働いている俺らにとっては職業病といっても過言ではないが、
その対応がまた痒いところに手が届くようなもので、本当にさりげない。
だけど、その一方で自分がどう思われているのかってことには疎い場面がよく見られる。
例えば、仕事も『ナンバー1』といわれているぐらい実力があるのに、自身の評価はかなり低い。
また、自己評価の違いで、お客さんとのトークにもズレがあったり・・・。
これも先輩のアンバランスさのひとつ。なんだけどな。
「だから、春ちゃんはあなたの気持ちにはずーっと気づかないわよ。阿佐ちゃんから言わない限りね。」
ドキッっとした。
要は・・・・
「自分から告白しないと、多分ずーっとこのままになるわね。」
ですよね。
俺はひとつ息を吐いて、そう答えた。
「阿佐ちゃん、あんまり自分から告白したことないでしょ?」
またズバっとこの人は俺のことを言い当ててしまった。
なんで分かるんだ!?
やっぱり気になったので、それも由佳子さんに聞いてしまった。
「見てれば分かるわよーいかにも『もててました』って感じだもの。
今まで何もしなくても女の子が寄ってきてたんじゃない?」
ほんと、この人はすごい。
全くもってその通りである。
「結構勇気いるわよ、自分から言うのって。しかも今まで言われてばっかだったでしょ。だから余計に。」
実は由佳子さんに言われたことは薄々気づいていた。
もしも、先輩と気持ちを確かめ合うときが来たら、俺から気持ちを言う必要があるだろう。
まだまだそこまで進んではいないけど・・・、それでも最後はそうなるんじゃないか。
そう感じているところはあった。
告白なんて中学生以来で、正直上手く話を進められる自信がない。
どうしたらいいのか、先輩との関係をどう進めるべきか、悩んでいることも事実だった。
「まあ、勢いかな。春ちゃんみたいな子には、変に小細工すると伝わらないから直球勝負ね」
由佳子さんは少し意地悪そうな笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込む。
それでも彼女は美人だから、綺麗な顔で見られると複雑な気持ちになって困ってしまう。
「あと1週間の辛抱ね、阿佐ちゃんなら大丈夫だと思うわ。頑張って」
あの百戦錬磨であろう由佳子さんに励まされると、社交辞令的な応援でも自身が持てる。
恋をしてしまったからには、もうしょうがない。
ごまかしたいし、本当は不安だし、どうしようもない。
だけど、とにかく今は先輩に会いたかった。
一緒に仕事して、笑いたい。
それだけだった。
*****