「ほうほう、で、春ちゃんはクリスマスデートに誘われたわけですねぇ」
バイトの帰り道。
この間の話をすると、智美がにやにやしながら私を見てきた。
ある意味当たり前の反応かもしれないけど、彼女の場合、私をいじって遊びたい気持ちのほうが大きいに違いない。
「私、真剣に智美に相談してるんだけど?」
ちょっと怒って言うと、智美は「ごめんごめん」と言って、話を本題に戻した。
あの日の後、由佳子さんにシフトの交代をお願いすると、いともあっさりとOKをもらえてしまった。
いつ由佳子さんとそんな話をしたのかは知らないけど、なんだか都合よく話が進んでいるような気もしないでもない。
まあ、そんなこんなで、私と彼のクリスマスデートが決定したわけである。
そこで、どうしたらいいのか智美に相談した訳だ。
「いいんじゃないかな?春はいつもどおりにしてれば」
「え?」
智美から来た返答は意外であった。
てっきり、ああいうように行動しろとか、ゲーム・ネットの話は厳禁だとか、ぶっちゃけ告白しろだとか、
そういった話をレクチャーしてくれるもんだと思っていたからだ。
あまりにも意外すぎて、私は思わず「何で?」と聞き返してしまった。
「だって、春は今まで阿佐少年と意識して接触したわけじゃないんでしょ?」
「うん、まーそりゃあそうだけど・・・・」
「それじゃー話は早い。いつもどおりの春でいいんだよ」
「ほんとに?」
「ほんと。だって、今更取り繕ったり、おめかししてごまかせる相手でもないでしょうよ」
確かに。
そういえば向こうの私に対しての第一印象は「ジャージのバスケ部」だし、
キャンパスでもノーメイク姿で何回も遭遇しているし・・・・。
智美の言っていることはもっともだ。
「あたしも、変におしゃれして取り繕っている春より、いつものぼけーっとした春のほうがいいし」
「え、なにそれどういう意味?」
思わずつっこんでしまうが、実はそこまで悪意のない答えだってことぐらい私にだってわかる。
だから、私たちはおもわずぷっと吹き出してしまった。
やっぱり、智美との浅くも深くもない関係は気持ちいいな。
「ふっきれた?」
「え?」
「阿佐少年を好きなことだよ」
そう、私は今までずっともやもやしていた。
初めて本気で人を好きになって、その気持ちに整理が出来なくて、ずっと苦しかった。
いろんな人に嫉妬して、仲がよかった智美までにも嫉妬して・・・・。
切なかったし、悲しい日もあった。
だけど、あの日に彼の穏やかな笑顔を見たら、なんだか心がすっきりしてきて。
彼が好きなんだって、はっきりと自覚した。
私はあえて智美の問いかけには答えなかった。
だけど、彼女はわかっていたと思う。
だから、彼女も私にこれ以上問いかけることはなかった。
阿佐君にはいつもの私を見てほしい。
それでいいってことがなんとなくわかった。
そう、私は彼が好き。
それでよかった。
*****
街がだんだんとクリスマス一色に染まってきているころ、私はファミレスである人を待っていた。
「春、ごめーん、待った?」
そう、その相手は佐知子。
早く部活に来いとメールをよこしてくる彼女に対して、私はしっかりと向き合うことができていなかった。
ある意味、ストレートに自分をぶつけてきてくれているのに、私は逃げてばかりだった。
やっぱ、それってフェアじゃない。
だから、今日私の気持ちを彼女に話してみようと思ったのだ。
わかってもらえないかもしれないし、佐知子の性格上、彼女が悲劇のヒロインに成り上がってしまうことも考えられるが、
まずは私が自分の気持ちをしっかりと話さないことには始まらない。
「そんなことないよ。とりあえず、なんか注文しよっか」
そういって、私たちは他愛のない話から、久しぶりに会話をはじめたのだった。
「佐知子、部活ことちょっと聞いてくれる?」
ある程度、メインディッシュを食べ終えたあと、私は話を切り出した。
私の今までの部活での葛藤。
そこまで本気で部活をする気はないこと。
自分の夢はあくまでも教員であり、選手ではないこと。
など、多少言葉を選んで、ただし正直に話した。
話している最中、佐知子は一言もしゃべらずに、真剣に話を聞いてくれた。
「それが、春の今の本当のキモチなんだね」
穏やかだけど、寂しそうな笑顔を浮かべた佐知子は、私が話し終えた後、静かにこう言った。
「今まで、なんとなく適当だったのは謝るよ」
まあ、彼女よりは中途半端な気持ちで部活をしていたのは確かである。
そこは素直に謝った。
そういえば今まで人に対して、自分の本当の奥底の気持ちを言葉で伝えたのは初めてだった。
自分の気持ちなんて、他人に伝えるものじゃないと思っていたのが正直なところ。
なんとなく、上辺だけあわせていれば上手くいった友人関係が多かったし、私自身もそこまで我慢することもなかった。
それに、何か相談を受けることは多々あったけど、私が誰かに相談することはめったになかった。
大学に来て初めて、智美という、頼りになる友人が出来たぐらいである。
「いいの、あたしも春がいなくなって、いろいろ考えて・・・・春に頼りすぎてるってわかったから、
逆に謝るのはあたしのほうだよ。ごめん。」
それは今までの彼女からは考えられない言葉だった。
いつも自分のことしか考えられなくて、周りをすぐ巻き込んでは迷惑をかけていた彼女から、
「ごめん」の一言がもらえるなんて思っても見なかった。
なんだか、自分の気持ちを正直にはなすことも、勇気が要るけど、大切なことなんだな。
21歳にして初めて、そんなことを悟ったのだった。
「春、ここ最近雰囲気変わったよね」
別れ際に彼女は一言、私に言った。
「笑顔が穏やかになった」と。
*****
「先輩、いよいよ明日ですね!」
12月23日。ついにデートを明日に迎えたその日。
本来ならば祝日であるその日。
久しぶりに阿佐君とずっと一緒にシフトへ入った。
明日、どこに行くのかとか、何をするだとか、私は全然彼から聞いてはいなかった。
というか、聞いても「秘密です」とはぐらかされてばかりで、全然教えてもらえない。
楽しみな反面、すこし知りたい気持ちにもなってしまう。
あの日以来、阿佐君と話すときに変に緊張することがなくなった。
余計なことを考えなくてよくなった、というべきかな?
とにかく、会話自体を楽しむ余裕が出てきて、以前とはまた違う、穏やかな気持ちになっていたのだった。
「どうせ、どこ行くの?って聞いても、教えてくれないんでしょ?」
と私がおどけて聞くと、彼も「ブラック」の顔で「当たり前です」と笑ってみせる。
なんだかいつも通りに振舞っているのに楽しくなってきて。、自然と笑顔がこぼれる。
それにつられてか、彼の顔も穏やかな笑顔になるような気がして、私は更に嬉しくなった。
「先輩は・・・・なんか変わりましたよね」
ん?突然彼がそんなことをつぶやいた。
「え?そう・・かな?」
「そうですよ。なんていうか・・・・生き生きしているっていうか・・・・・そんな感じです」
穏やかな笑顔、穏やかな口調。
真面目な話をされて、つい照れてしまう。
昔なら、そんなこといわれたたら胡散臭いと思ってしまう自分だったけど、今はそんなことはない。
ああ、人を好きになるって、こういうことなんじゃないかあ。
そう思った。
つい最近までは自分の気持ちに迷って、混乱していた。
だけど、恋って苦しいときもあれば、その分嬉しさが何倍になるんだなと今は思ってる。
友達皆がなんで恋をしていたのか、恥ずかしながら、ようやく理解してきたのだ。
「そうだったとしたら、きっと阿佐君たちのおかげだと思うなあ」
「そう・・・ですか」
「みんなのおかげで、成長しているから」
「だったら僕もそうですよ、これで一緒ですね」
やんちゃな笑顔を浮かべる彼に、私はひとつうなづいた。
「先輩、僕、明日先輩にしっかりとお話ししたいことがあります。だから、僕がもし忘れてたら、言ってくださいね」
―しっかりと話すことってどんなことだろう?
バイトから帰っても、彼のその言葉がなんとなくひっかかったけど、
とにかく私は明日に備えて早めに寝ることにしたのだった。
*****