「え!?ちょっと待って春。あんた、それって・・・・」
阿佐君と一緒にお酒を飲んだ日から1ヶ月と少し経って、季節は秋肥ゆる11月も後半となっていた。
あの日以来、私はなんだかいろいろおかしくなってしまったように思う。
バイト中、ずっと彼のことを目で追ってしまう。
キャンパス内で彼に会うとなんだかうれしくてしかたない。
やっぱり、まど香と話しているのを見るとがっくりしてしまうし、
・・・・最近では、まど香以外の他の人でも同じ気持ちになってしまうこともあった。
これはやっぱりおかしい。
そう思った私は、ついに智実に相談を持ちかけた。
そして、すべてを話した私に対して智実のこのような判断が下った。
「・・・・それって、阿佐少年のことが『好き』なんじゃないの?」
え?なんだって??
私はそのことを聞いて、返事も出来ずに硬直してしまった。
『好き』ってど、どういうこと?
返答に困る私を見て、智実はこう続けた。
「・・・・というか、普通は『好き』だってことだよ」
「・・・・え?」
「好きだから、自分以外の人と女の子が楽しくしているのが嫌になる・・・・って、お決まりの恋愛パターンなんだけど・・・・
春、あんたもしかしてホントに分からなかった?人を好きになったことはあるかい?お嬢さん?」
「・・・・誰かを好きになったこと、ない・・・・かも。」
そう、実は私は人を好きになったことがなかった。
そんなことを言われたら、誰かに笑われそうな気がしていて、今まで隠してきたんだけど。
実はそれにもいろいろ理由があって・・・・。
小学校の時、私は強豪ミニバスケチームに所属しており、監督がかなり厳しい人であった。
入部時に言われたのが、『恋愛なんてものにうつつを抜かすものにここでバスケをする資格はない』ということだった。
当時小学校4年生だった私は、馬鹿正直にその監督の言うことを受け止め、
人を好きになったらバスケをしてはいけないんだ!だから男の子を好きになってはいけないんだ!
と自分に言い聞かせていた覚えがある。
それ以来、本当に私は誰にも恋に落ちることなく学生時代を送ってきた。
別に誰にも告白されたりすることもなければ、それほど男子と関わることもなかったし。
うーん、まあ周りにそういうことはたくさんあったけど、自分には関係ないことだと思っていたこともあり、興味さえ沸かなかった。
じゃあ、どんな娯楽を持ってたんだ?
といえば、ゲームにバスケ、それに勉強。
誠に慎ましやかな学生生活を送っていたわけである。
こんないきさつを智実に話すと、彼女はもはや呆れをも通り越した顔をして、大きくため息をついた。
「あんた、かなりのニブチンだと思ってたけど、もう天然記念物レベルだよ全く」
一転、彼女の顔がにやりと意地悪なものに変わり、ぶつぶつと呟いていた。
「そりゃ~これからたくさん苦労するわ、まあそのほうが面白いってもんか・・・」
「え?」
それってどういう意味?と聞こうする私を差し置いて、彼女は続けた。
「さて、恋だって分かったわけだけど、春ちゃんはこれからどうするわけ?」
「・・・・ど、どうするって・・・さっぱり」
今恋をしたって分かったばかりなのに、じゃあどうするって聞かれたって分かるわけないじゃん。
こっちが聞きたいぐらいである。
しかし、智実はおかまいなしに私の肩をぐっとつかんでこう言った。
「よし、春ちゃん。お姉さんがいろいろ教えてあげるから、だまってついてきなさい」
とりあえず私には、頭を縦に振るしか道は残されていないようだった。
*****
バイト中、私はマシンジムへばかり視線をやってしまう。
最近阿佐君はそっちにまわされることが増えており、私と共に受付へ入る時間が少なくなっていたのだった。
やっぱ、自然と彼がいるほうへ目がいってしまう。
それにしても、まさか自分が恋をするなんて思いもしなかった。
いや、いつかは結婚したいなんて淡い夢を持っていたりしたが、こんなに身近に起こることだなんて。
そんな物思いにふけっていると、またか・・・・。
先日私を応援してくれると宣言した智実と阿佐君がなんだか親密に話をしている様子が見えた。
ここ最近2人はずっとこの調子である。
どういうこと?智実は応援してくれるんじゃなかったの?
二人は耳を寄せ合い、笑みをこぼしながら、言葉をささやいているようにも見えて。
胸に鈍い痛みが押し寄せてくる。
智実に限って、意地悪とかそんなことはないだろうと信じたい。
しかも他の女の子と話していると気分が悪いという私の気持ちも知っているはずだ。
だからこそ、彼女の真意が測りきれず混乱してしまう。
そんな疑念を持ってしまっているため、智実といつもどおりに話せないでいたのだった。
ああ、これが智実の言っていた「恋」なのだろう。
不意に自分の気持ちを自覚してしまう。
だけど、恋ってなんだかつらい。
苦しくて、苦しくて。
何をしても切なくてしょうがないんだ。
*****
切ない。苦しい。
12月になっても、日々考えることはそんなことばかり。
お風呂に入ってしまうと、気がついたら2時間入ってしまっていたこともある。
実は最近部活を辞めたこともあるだろうが、食欲も減って、体重がかなり落ちてしまった。
そんなことを言ったら、人に笑われそうでしょうがないんだけど・・・・
事実、私はかなり悩んでいる。
今日もキャンパス内をジャージでふらふらとうろつくが、こんな状態であんまり人と会いたくない。
いや、会いたい人はいるけど・・・。
でも、なんだか恥ずかしいような気がして、会いたくない。
自分でもかなり矛盾しているのが分かる。
正直自分の気持ちがかなりごちゃごちゃしているんだ。
今日はバイトもないし、早く家に帰ってゲームに興じたほうがいい。
ネットとゲームをやっているときは無心でいられるため、
最近は寝食も忘れて、長時間入り浸ってしまっている。
余計なことを考えなくてよい時間は、今の私にとって重要だった。
「ーぱい?先輩~!」
後ろから声が聞こえてきて、体がびくっと飛び上がった気がした。
この声は聞き間違えるはずもない・・・・。
振り返れば、阿佐君がいつもと変わらぬ様子で笑みを浮かべていた。
「阿佐君、おはよう」
心なしか、笑顔がぎこちない気がしてならない。
なんとなく声が暗い気がするんだけど・・・・。
最近、彼と話すときはこんなことばかりを気にしてしまう。
「先輩、まだ・・・なんかふっきれてない感じですね・・・・大丈夫ですか?」
大丈夫と聞かれてしまったら、大丈夫というしかない。
私はそう答えるしかなかった。
いや、大丈夫なんだけど・・・でも大丈夫じゃないというか、なんというか・・・・。
悩んでいるのは君の事に関してなんだけど、そんなこと口が裂けても言えないわけで・・・・。
「いつも心配かけちゃって、ごめん。私なら大丈夫だから」
精一杯の笑顔と答え。
ふと、彼の顔がいつもの「ふんわり」でも「ブラック」でもない、真剣な顔つきになった。
「そんなこと言わないでください。少しでも先輩のお役に立てればいいんですけど・・・」
言葉だけ見れば、なんとなく上辺だけのような台詞だけど、彼の顔はとても真剣で。
私は彼から目を離せない。
私が口ごもっていると、彼はまた少し表情を明るく変えて、話題を振ってきた。
「そうだ!先輩、クリスマスイブ、暇ですか?」
あ、そういえばもうそんな季節だったっけ・・・・。
自分の季節勘のなさにはがっくりする。
自慢には全くならないが、あまり季節のイベントで盛り上がるタイプではない。
それゆえ、クリスマスイブだろうがなんだろうが、その日も普通にバイトをする予定であった。
そのことを彼に告げると、「何言っているんですか!絶対にだめです!」と、あっさりと否定されてしまった。
「今すぐ、シフト変更してください!」
「え?でも、他の人もクリスマスは予定があるから休みになるでしょ?無理だよ、変われないって」
「いや、絶対大丈夫です!由佳子さんに聞いてみてください!」
その自信はどこから・・・・と思わず問いかけたくなるが、そう聞こうとする前に彼は会話を続ける。
「だから先輩、僕と一日、デートしてくれますか?」
一瞬頭がフリーズしてしまった。
え?・・・・ちょ、ちょちょっと待って、デートってどういうこと?
冗談?
いや、でも彼の顔は至って真剣そのものである。
しかもデートという言葉に過剰に反応してしまって、顔が赤くなってしまっているに違いない。
更に恥ずかしくなってしまう。
いまいち状況が飲み込めなくて、おどおどしてしまう私に彼は更に尋ねた。
「ダメ・・・・ですか?」
「いやいや、そんなことないって!」
あせった私は、つい反射して答えてしまった。
その私の答えを聞いた途端、彼の顔色がぱあっと明るくなった。
「じゃあ決まりですね!楽しみにしていてください!」
「ふんわり」でも「ブラック」でもない穏やかな笑顔。
あの日から私だけに向けてくれている笑顔。
そんな彼を見たら、自然と私の顔も穏やかなものになっていく。
恋って、切なくて、苦しいだけじゃないんだ。
そう思ったら、今まで考えてたもやもやがすっきりしてきた。
ああ、私はこの笑顔に惚れたんだ。
あの日、パスタの店で、私だけに向けてくれた笑顔が、私に魔法をかけたに違いない。
少し、みんなが恋をする理由がわかった気がする。
*****