ep8 Secert Night
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「春ちゃん、落ち着かないねえ~どした?」

阿佐君と一緒に帰って2日後、今日のバイトが終わってから「お疲れ会」と称して2人で飲みに行くことになっていた。
なんだかそわそわしているのは自分でも自覚があったが、
一緒に受付に入っていた由佳子さんからつっこまれてしまった。

そんなに私ってわかりやすいのかな?
とついつい疑ってしまう。

「い、いえ、特に何でもないですよ」

「ホントに~?なんか怪しいなあ。これからデートとか!?」

「違いますって」

必死さを隠してごまかしていると、珍しくマシンジムに入っていた阿佐君と楽しく話しているまど香の姿が見えた。
がくっ・・・・。
ほらまた。こんな感じ。

昨日もバイトに入っていてなんとなく分かったんだけど・・・・
特にこのがっくり感はまど香と阿佐君が一緒にいるときに強く感じるようだった。
取り残されている感じがしてならない。
すごく不安になる。

「由佳子さん、例えばですよ?例えば、自分と仲のいい人が、他の人ともとっても仲良くしていたら、どう思いますか?」

いろいろともやもやするので、なるべくいろいろ隠して、私は彼女に聞いてみた。
由佳子さんは本当に経験豊富で、彼女に相談しておけばある程度の返答が返ってくる。

「うーん、そうねえ・・・女ならちょっと仲間はずれになった気がする気もするし、男だったら嫉妬するわね~」

「しっと?」

「まあ、その男との関係性にもよるけど・・・・って春ちゃん彼氏出来たの!?」

「ま、まさか!そんなことないですよ!」

慌ててごまかして、その場はなんとかなったけど・・・・変に思われただろうな。
そう思いながら、私は一人、仕事をするふりをしてまたごまかしてしまった。

嫉妬?ま、まさかね・・・・?
なんで私が阿佐君に対して嫉妬なんて・・・

その後、お客さんが急に増えて仕事が忙しくなり、そんなことで悩む余裕がなくなってしまった。

*****

「近くの飲み屋でいいですか?」

「うん、もちろん」

バイトが終わった後、私たちは私服で夜の駅前を歩いていた。
普段バイトに行く際はお互いにジャージだったりするのだが、今日に限ってはさすがにジャージで行くわけにも行かない。
だから、お互いある程度のおめかしをしていったわけである。
阿佐君は、黒と紫のアーガイルのパーカーに黒のタイトパンツを刷いていた。
彼らしいノーブルな着こなしである。
一方私といえば、グレーのポンチョ風カーディガンにスキニージーンズとシンプル極まりない。

駅前のチェーン店に行き、私たちはとりあえず生ビールを頼んだ。
すると、彼はぷっと噴出す。

「え?私なんか変なことした?」

彼は「違いますよ」と笑いながら続ける。

「最初はとりあえず生って、ほんと先輩オトコマエですよね。」

「なによそれ~どういう意味?」

からからと笑って返事をする。
いつもそう。彼はニヒルに笑って私にブラックジョークを飛ばす。
まるで私が年下のような、そんな感覚になる。
でもそれが嫌なわけではなくて。
・・・・まあ、私結構いじられキャラだって智実が言うし、そういう気があるのかもしれないけど。

いつも通りに話が弾み、ジョッキが何杯も空き、気持ちよい感覚になってきた。
ああ、酔ってるなあ~
そんな感じ。

「先輩、最近大丈夫ですか?なんか、溜まってませんか?」

本当にグッドタイミングの質問だった。
アルコールである程度気持ちが緩んだところだったので、勢いに任せ、彼に今までの部活の鬱憤を話し始めてしまった。

部活をずっと辞めたかったこと。
強豪チームだったから、いくら練習しても報われなかったこと。
佐知子の鬱陶しさのこと。
今、部活に来いって言われているけど、本当は嫌だってこと。
その他もろもろ。

一方的で生のむき出しの感情そのままを話していたと思う。
かなりわがままな一面や、自己中心的な部分も見せてしまったと思う。
それでも、彼はちゃんと話を聞いてくれたし、アドバイスもしてくれた。
その間にも酒は進み、私の理性的なものがだんだんと溶けてしまっているような気がした。


この後の記憶はなんだか飛び飛びで。

足取りがふわふわしていて。

阿佐君と一緒に店を出て、

妙にあったかくて、

ずっと誰かに頼っている感じがして、

とても安心していて、

まるで小さな子どもに戻った気持ちがしていた。

 

*****


「ん・・・あ」

目覚めると、そこは私の部屋。
私はいつもとなんも変わりない状態でベットの中にいたのだった。
ひとつ違うこととすれば・・・・

「あれ?私服??」

私服のまま寝ていたことであろうか。
というか、自分が昨日どうやって帰ってきたのか、よく覚えていない。
なんだか腑に落ちないな。
そう思いながら、酒を飲んだ後の気だるい体を起こして、テーブルに向かうと、1枚の手紙が置いてあった。

『おはようございます。先輩、気分はどうですか?先輩がタクシーの中で寝ちゃったので、勝手にお邪魔してしまいました。
今日、先輩が僕にいろいろお話したことで、先輩のもやもやが少しでも晴れてくれれば幸いです。
とりあえず、グレープフルーツジュースを買って冷蔵庫に入れておいたので、二日酔いだったら飲んでください。
それではまた、明日のバイトでお会いしましょう。 阿佐』

・・・・・・。

私はあせって自分の体を見る。
何もない。
部屋の中も見回してみる。
何もない。

とりあえず、なにかされた訳でもなければ、体育科の先輩たちみたいに、部屋にいたずらをされたわけでもなかった。
ただ、彼はつぶれた私を介抱して、家まで送り届けてくれたのだった。

ああ、なんて申し訳ない!

年上として、なんだか恥ずかしいような、情けないような・・・・。
そんな気持ちに苛まれるのだった。

「本当、優しいやつ」

つい私は一人ごちた。

これが体育科の飲みだったら、容赦なく部屋をいたずらされたり、荒らされたり、
玄関に放置されたり、もっと最悪なパターンとしては体にいたずらされたり・・・・
悲惨な状況になったに違いない。
だけど、彼が本当に優しくてよかった。

なんだか、仕事でも今回のことでも、私がいつもお世話をしてもらっているなあ。
本当に私が年上の気がしない。

「今度、ご飯でもおごってやるか!」

そう思い、私は彼の電話番号を携帯で検索し、ダイアルをするのだった。
1回、2回・・・・3回目。
そのあと、いつものふんわりした、あの余所行きの声が聞こえてくる。
その声が、信頼した人にしか見せないものに切り替わるのは、多分すぐであるだろう。

*****

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