ep7  I'm alone?
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「お、久しぶりだね、城高さん!」

「お久しぶりです!」

バイトに復帰してから3日が経っても尚、お客さんからこうやって声をかけてもらっている。
ただの一バイトの分際でそこまで気にかけてもらえるなんて、本当、有り難い。
だからこのバイトはやめられないんだよね。
私はしみじみそう思った。

なんだけど。

「慶太朗はどうするの?」

「いや・・・俺は―」

さっきから聞こえてくる断片的な会話と笑い声。
バイトの後輩であるまど香と「彼」阿佐慶太朗の雑談だった。
受付の裏にある休憩室から聞こえてくる。

私と智実が1ヶ月バイトを休んでいる間に、1コ下の後輩たちは仲良くなっていたらしい。
まど香はフィギュアの練習があるから、週1で3時間のシフトだったが、
今はシーズンオフのため、週3の5時間のシフトで出勤できるそうだ。
そのこともあって、3人は距離が縮まったらしい。
まど香と森中君と彼。
3人が話していると、なんだか別の世界に追いやられているような気がしてしょうがない。
この3日間、そんな寂しさを感じていた。
こんな感情初めてで、なんて表現していいかわからない。
自然と自分の顔から笑顔が消えるのがわかって、じれったい。
そうすると、仕事に少しずつミスが出てくる。
明らかに悪循環だった。

なんだろう、これ?

よくわからない、スランプみたいだと私は思っていた。

「なんか、春さん、元気なくないっすか?」

森中君の言葉ではっと我に帰る。
一緒に受付にいる彼の存在をすっかり忘れていた。

「そ・・・そうかな?」

「実習帰ってきてからそんな感じするんすけど、なんかありました?」

「い・・・・いや、特に・・・」

「オレになんか出来ることあったら言ってください!マジで!」

本当にこいつはいいやつだなあ・・・・
そう思いながらも、「大丈夫だから」としか言えない自分がいる。
自分でもよくわかっていないのに、他人に何とかしてもらおうなんてそんな虫のいい話はない。

森中君とそんなやり取りをしているうちに、休憩を終えたまど香と阿佐君がやってきた。
その光景はなんだかとても仲がよさそうで。
それを見る私はもやもやとした気持ちになってしまう。

取り残されている。

誰に?

まど香に?森中君に?

・・・・それとも阿佐君に?

私の気持ちはさらにあやふやになってしまうのだった。


*****


『そろそろ部活にこない?』

バイトを終えた後の帰り道。
携帯をチェックすると、佐知子からそんなメールが着ていた。
もっと前置きとか、関係ない話とか、絵文字とか、余計なものもいろいろついていたけど。
メールの本題はそこだった。

バイトでもなんだか疲れてしまっていたところに追い討ちを食らった気分だ。
部活なんて、本当にどうでもいい。
辞めるつもりだったのに、なんでこんなことになっているんだろう。

佐知子も大変なのはわかる。
同期が一人しかいない部活は、私の想像しているよりも遥かに辛いのだろう。
だけど、だけど、じゃあ、私が部活をやるのって、佐知子のため?

絶対に違う。

私が部活を休部した後の佐知子と言ったら酷かった。
やれ「私は置いていかれた」だの、「一人で頑張らなければならない」だの・・・・
いろいろな人を引っ掛けては延々と語り尽くし、すっかり悲劇のヒロイン状態である。
彼氏以外の男にも、同情してもらっているらしい。
結局男の気を引けば良いのか、友達に「かわいそうだね」といってもらえば満足するのか・・・
ちやほやされたい。
そんな彼女の欲に使われるるのは私だって正直面白くない。

そんなこんなでメールの返信に困っていると、後ろから自転車のベルの音が聞こえる。
振り向いてみると、阿佐・森中・まど香の3人が自転車に乗っていた。
その光景を見て、また余計に落ち込んでしまう。

「春さーん、お疲れっす!」

そんな私の気持ちには気づかないだろう、森中君が明るく声をかけてくれる。
結局4人で帰路に至るのだった。
だけど、不思議なことに、阿佐君は4人でいるときは面白いぐらい話に参加しない。
以前森中君が「単独行動」みたいに阿佐少年のことを評価していたが、このことなのだろうか。
2人で仕事しているときは面白いぐらいにしゃべるのに・・・・

だらだらと会話を続け、まずはまど香と別れ、次に森中君と別れ、阿佐君と二人になった。

「先輩、なんかあったんですか?」

その言葉にどきっとしてしまう。
そんなに見ていて何かが変わったのか、不思議でしょうがない。

「私変かな?森中君にもバイト中に同じこと、言われたんだけど・・・・」

「え?!自覚ないんですか!?とっても哀愁漂ってますけど・・・・」

阿佐君が少し大きな声を挙げた。
そんなに意外だったのかと私もびっくりしてしまう。

「そうだ!先輩、‘約束’覚えてますか?」

いきなり明るい声で彼が言うので、少し驚いたが、もちろん覚えてる。

「お疲れ会、でしょ?忘れるわけないじゃん。」

「学校始まる前に行きましょう!いつが良いですか?」

「いつもなにも、あと2日しかないでしょ?」

私は彼のボケに思わずぷっと吹き出してしまった。
普段はブラックジョークを淡々と言い放つ彼にとって、ボケる場面は本当に少ない。

「笑った」

彼が突然放った言葉に私は「え?」と返す。
顔には穏やかなあの笑顔。
お客さんや距離の遠い人には決して見せない、あの笑顔。

「先輩は、やっぱ笑顔が良いと思いますよ。」

いきなり真剣な顔になる彼に、私は目線をそらせないでいた。

「バイト中の営業スマイルもいいですけど・・・だけどやっぱり自然な感じが一番いいですね」

「私の笑顔ってそんな作り笑いっぽい?」

実はそのこと、気にしているので、つっこまれると少しイタイ。
智実にもよく言われるんだけどさ。
だから正直にそう聞くと、彼は「違いますよ」と頭をふった。

「また今度、ゆっくり話しましょう」

ふんわりと笑う彼の言葉の真意が分からず、私はただ返事に困ってしまっていた。
「ふんわり」ということは、ある程度彼が計算しているだろうことは分かるが、それ以上言葉のあやに関しては図りかねる。

明後日、一緒に飲む約束をして、私たちは別れたのだった。

実習から帰ってきてからというもの、部活のことバイトのこと、いろんなもやもやが一気に来ていて、
どうしたらいいのか分からなくなっていた。


*****

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