ep6 step by step
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ここはどこの地獄だ!!!と思わず叫びたくなる毎日が始まった。
そう、教職を目指す人間ならば避けては通れぬ道・・・・教育実習である。
毎年毎年、何人、いや何十人もの学生がここで地獄を見る。
特に大学付属の小中学校に実習に行く場合、間違いなくこのパターンに陥るのが常であった。

古臭い宿舎に泊まりこみ、
(しかも部屋は8人部屋!!!)
毎日寝るのは1時、起床は6時。
朝から晩まで教育漬け・・・・。
まったく、なんてこったい・・・・・。

はじめこそ、睡眠時間の少なさになきそうになったが、
恐ろしいことに、体の適応力というものは素晴らしく、
3週間過ぎた今ではもう慣れっこである。

実習を残り一週間と控えた金曜日。
智美と共に夕食を済ませ、シャワーを浴び、髪を乾かしたところで、
私はかび臭い宿舎のベッドに飛び込んだ。
明日は土曜で学校もない。
そう、たっぷりと睡眠をとることが出来るのだ。

溜まりに溜まっている指導案はまた明日書こう。
とにかく今日は眠りたかった。

同じ部屋の人たちもきっとそうだったに違いない。
静かな寝息が所々から聞こえてきていた

「智美~?私寝る!」

「うちも寝る!」

二人でそう宣言した後、心地よい暖かさが体全体を包み込み始めていた。
ふわふわ、ぼーっとしてくる。
ああ、気持ちいい。寝れる。
そう思った瞬間である。

ブーブーブー・・・・・

あろうことか、携帯のバイブレーションが鳴り始める。
メールであることを祈ったが、どうもこの鳴りのパターンは電話だ。

勘弁してくれ。
絶対この時間ならば指導教員からの電話に違いない。

そう、指導教員から電話がかかってくることはもはや日常茶飯事だった。
指導案を見せにいく時、教材の相談に行く時、学校ではやりきれなかったことその他もろもろ。
なにかあるときには必ずといって良いほど電話がかかってくる。

くそったれ!!!

柄にもなく下品な言葉を使って、私は自分を奮い立たせた。
まどろみという安らぎの時間から一転、現実の世界へ・・・。
ロクに目を開くこともできなかったし、だいたい予想もついているから相手を確認する必要もない。
私は画面を見ることなく、そのまま携帯の通話ボタンを押した。

「・・・・・もしもし。城高です」

どうも寝起きというのは低い声しか出ない。
自分の声に苦笑いをしてしまう。
これじゃあ目上の人なのに、なんだかえらそうだよね。
そう思いながら。

『・・・・・すいません、もしかして先輩寝てました?』

ん?その声はまさか・・・・。

『・・・・・阿佐です』

私は驚きすぎて、一気に目が覚めるのと同時に、言葉を失ってしまった。

『・・・・・先輩怒ってます・・・よね?大した用じゃないんで、いいです。』

「ちょ、ちょっとまった!怒ってない!怒ってないから!」

周りに寝ている人もいるので、私は声をひそひそ声にしながら、部屋を出て、宿舎の玄関へ向かった。

「ごめんごめん、もう寝ている人もいたからさ。で、どうした?」

『正直、先輩どうしてるかなーって思って電話したんですけど、時間、大丈夫ですか?』

疲労困憊のこの状態からして、大丈夫って訳でもない。
だけど、久しぶりに阿佐君の声を聞いて、1ヶ月前の楽しい気持ちが思い出されてくる。
だから「大丈夫だよ」と言って彼に話の続きを促した。
この後は他愛のない話、実習の大変さだったり、最近のバイト先(私と智実がいなくててんてこ舞いだ)とか、そんな話をずっとしていた。

『ああ、気づいたらもう30分も話してたんですね!!先輩すいません。大事な時間なのに・・・』

「大丈夫だよ。私もそっちの話を聞けて、気分転換になったし。楽しかったよ。」

これは私の正直な気持ちである。

『ならよかった。僕も久しぶりに先輩と話せてよかったです。』

互いにそれじゃあ、と言って電話を切った。
自然と顔が緩んでくる。
阿佐慶太朗、声を聞くだけで人を嬉しくさせるなんて、なんてすごい才能を持っている人なんだ。
私はそう思った。

実習が終わるまで、後1週間。
次に彼に会えるのはいつ?
バイトのシフトはどうなってるんだろう?
そんなことが気になってしまうあたり、私もどうかしているな・・・・

・・・・変なの。


*****


「んーああああーーー!!!!終わったああ!!!」

夕闇が迫る午後6時。
智実が伸びをしながら、大声で叫ぶ。
相変わらずの自由奔放さ加減に私も思わず「終わったねぇ~」と相槌を打つ。
一週間後、私たちは無事に教育実習を終えたのだった。

最後の一週間はいつ寝たのか、いつご飯を食べたのか、いつ授業をしたのかよくわからないうちに過ぎ去ってしまった。
それでも、子どもたちとの別れは寂しいものだったし、私も涙を流して、子どもたちとお別れをした。
中学校1年生の学級で体育の授業を受け持ったのだが、主要5教科ではないからといって侮ることなかれ。
なかなか体育は奥深いものだった。
運動に対して苦手意識を持っている子どもや、なかなか上達しない子どもに対して、
どういった手立てを取ればよいのか、どういった教材を用いればよいのか。
体育の実習生全員で真剣に話し合いをしたものだ。
また、宿舎生活ということで、集団行動が苦手な私だったが、
よき理解者である智実のおかげで、女子の道連れ的行為に巻き込まれずに済んだのだった。

今日は宿舎をある程度片付けた後に、全実習生での打ち上げの飲み会がある。
明日には宿舎の掃除をして、自宅へと帰る。
明後日からは、いつも通りの学生生活が待っている。
大学は10月からだから、残りの休みはあと1週間。
何をしようか、どうしようか、悩むところである。

「あ、春?」

1ヶ月お世話になった部屋の片付けをしていると、智実が私を呼んだ。
何?と短く返事をすると、彼女が話を続ける。

「バイトのシフト、どうなってるか知ってる?」

「あ・・・そういえば、全然知らない。」

「じゃあ、電話して確認しないとだめじゃん。」

「んじゃ、忘れないうちに・・・私今電話するよ。」

私がそういうと、智実が待ってました!と言わんばかりに笑顔を見せる。

「さっすが春ちゃん!頼りになるわぁ~」

「はいはい、ありがとね」

いつものやり取りをしながら、バッグから携帯を取り出し、電話帳からバイト先の番号を呼び出してコールする。
1回、2回、3回・・・・
そして、自分が電話を取ったときと同じ台詞が聞こえてくる。
この声は・・・・「彼」のものだろう。
この間の電話を思い出して、少しわくわくしてきて、声が思わず弾んだものになる。

「もしもし、阿佐君?私、城高だけど、今大丈夫?」

『あ、先輩お久しぶりです。大丈夫ですよ。どうしました?』

「えっとね、私と智実のこれからのシフトを教えてほしいんだけど・・・・」

『了解です。ちょっと待っててくださいね。』

そして彼は私たちのシフトを1週間分を教えてくれた。
自分の家に帰る日である、明日からばっちり入っているらしい。
なんて人使いの荒い職場なんだ・・・心の中で一人ごちる。
しかし、それも悪くない。
基本的に私はこのバイトを気に入っているし、もうひとつ。

『じゃあ、先輩とは明日から一緒に仕事、出来ますね。』

そう、この人と一緒に仕事ができる。

「そうだね、なんだか久しぶりでいろいろ忘れてそうだから、フォローよろしくね」

『もちろんですよ。』

それ以上は彼が仕事中ということもあったので、特に目立った話はせずに電話を切った。
また、自然と顔が緩んでいる自分に気づき、私は気持ちを切り替えようとする。
しかし、それを見ていた智実がなんだかにやついた笑顔を浮かべている。
まずい、と思ったけど、もう遅い。

「ふーん、電話の相手は阿佐少年ですか~」

「・・・だからなによ」

私はちょっとぶっきらぼうに返事をする。
とにかくこいつは私をからかって遊ぶ癖があるから、ちょっとしたことでもいじり倒されてしまうのだ。
智実のいじりに対して私は上手く返すことができない。
年が同じなはずなのに、この差はなんだ!と時々思ってしまったりもする。
とにかく、私は智実によく遊ばれてしまうのだった。

「春ちゃんのそんなカワイイ顔、ここ最近バイトでの営業スマイルぐらいでしか見てないねえ~」

「・・・・そんなことないじゃん」

なんだかちょっと照れくさくて、少し口を尖らせて私は反論する。
でも、やっぱりだめで、彼女の格好のいじりネタとなってしまうのだった。

「春はやっぱりかわいいな~」

「だーかーらー・・・・」

「そういうところかな~あいつも」

「え?」

智実が最後にぼそっとつぶやいた言葉の意味がよく飲み込めず、返事に困ってしまった。

「なんでもないって、こっちの話。」

私にはよくわからないことを彼女がつぶやくこともいつものことなので、私は大して気にも留めなかった。
だけど、実はこれが結構重大なことだっただなんて、このときは全く気づきもしなかったのだった。


*****

 

 

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