ep4 Risky Date
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「おはようございます!先輩!」

午前9時。
天気は快晴。時期は初夏の少し汗ばむ気候。絶好の外出日和。
私と阿佐君のお出かけは、彼のきらきらした笑顔によって始まっていた。
念願のマイカーに人を乗せて運転できる喜びから来ているのだろう。
・・・・男性は自分の車に人を乗せて運転することに喜びを感じるらしい。
・・・・別に誰でもいい、よっぽど嫌いな人でなければ。
そんなことを部活の先輩が言っていた覚えがある。
彼も今そんなことを考えているのだろう。

阿佐君はおしゃれだ・・・と思う。
チェックのタイトなパンツにグレーのパーカー。そのうえからジャケットを羽織っている。
まあ、私の体育科ファッションセンスなんてレベルが低すぎるけど・・・でもそんな私だって今日はがんばった。
膝丈のデニムスカートに水玉のシャツ、黒のジャケットを上から羽織ってみた。
久しぶりに穿いたタイツも紫をチョイスし、
1年前に買って以来2回しか履いてないパンプスを履いて、化粧もばっちりだ。
いつもはめんどくさくて、ノーメイク&ジャージを着ている私にしてはかなりがんばったほうだと思う。

「先輩、なんか雰囲気違いますね~」

「まあね、私が本気出したらこれぐらいですよ!」

彼が茶化してくるので、私も冗談で答えてやった。
いつものバイトとなんら変わりないやりとりのはずなのに・・・・・
なんだかいつもと違う感じがした。


*****

目的地までは車で約1時間。
渋滞に遭うこともなく、スムーズにつくことが出来た。
と、いうのも、実は今日は平日。
私が土日に部活があるため、終日あけることが出来ないのだ。
さすがに部活を休むことは出来ない。
だからお互いに自主休講をしてのお出かけ。
なんだかちょっとスリルを感じてみたり。

「うわあ~おっきいね!」

テレビで何回か見たことのあるアウトレットモールだったが、実際に見るのとでは迫力が違った。
阿佐君が案内をもらってきてくれたが、さすがに一日ですべて回りきるには時間が足りなそうだった。

「先輩、どこか行きたいところってありますか?」

「そうだね~とりあえず、スポーツ用品見たいなあ~」

と私が言うと、阿佐君がぷっと噴出す。

「ちょ・・なにがそんなに面白いのよ」

私が少しむくれて言うと、

「いや、先輩らしくていいなと思って」

と彼が答えた。
ちょっとどういう意味よ!とは思ったけど、いつものブラックさが出てきているだけだろうと、私は自分に言い聞かせた。

「じゃあ、スポーツブランド方面から見ていきましょうか」

そうして1日がかりの学校おさぼりスリル満点?な、お買い物がスタートしたのだった。


*****


午後1時。
彼が前日のリクエストに答えて、おいしいスパゲッティ屋さんを探してきてくれていたので、
そこで昼食を摂っていた。

午前中には、私の行きたかったスポーツ用品系のお店を回っていたら、あっという間に過ぎてしまっていた。
お互いにジャージを必要としている人間なので、
あのジャージかっこいい、このシューズかっこいい・・・と延々やっていたためである。
お蔭様で、二人とも予算の範囲内で満足いくものを買うことが出来たのであった。

「阿佐君って結構ハデ目な色のジャージが好きだったんだね」

「結構好きなんですよ、赤とかピンクとか暖色系。先輩は僕と逆じゃないですか」

「そうなんだよね。私は青とか紺とか緑とか・・・寒色の方が好み」

そんな他愛のない話をしていると、私たちが注文したスパゲッティがテーブルにやってきた。
ウエイトレスのお姉さんが持ってきたスパゲッティは、ほかほかの湯気を上げていて、とてもおいしそう。
私は大好物のタラコ、阿佐君はペペロンチーノ(大盛り)さすがは男子である。

「それじゃあ・・・・」

『いただきます!』

私は大好物を前に、遠慮なく食事に手をつけた。

「うーん、さすがにおいしい!ねえ・・・・・」

私はそう言って彼に同意を求めようと顔を上げると、
彼は自分の皿には手をつけず、穏やかな笑顔を私に向けていた。
いつもの「ふんわり」や「ブラック」や「照れ」とは少し違う、穏やかな顔・・・・
ここ2~3ヶ月一緒に働いていて、見たことない顔だった。
まるでなにかを慈しむような、そんな顔だった。

あんな顔もするんだ・・・・・
なんだか・・・調子狂うかも・・・・・。

なぜか顔が赤くなりそうなので、ばれないように平静を装って私は視線を皿に戻し、あつあつのスパゲッティを頬張った。
食事中。彼があんな顔をしたせいで、会話はほぼなくなってしまった。
食事を摂ることに集中したはずなのに、あんまり味わうことができなかった。
なんだか妙に緊張してしまって・・・。

食事を摂り終わった後、残りの午後は服屋を見て回ることに決定した。
というのも、午前は私のリクエストを彼が聞いてくれたので、午後は向こうの意向を聞こうと思ったからだ。
彼に見たい店を聞いたところ、洋服が見たいとのことだった。


*****

「これ、どっちがいいかな・・・?」

彼が手に取るのはストライプのシャツと真っ白なシャツ。
どちらを買おうか悩むこと早20分が経過。
私も店員さんもアドバイスの限りは尽くしたので、あとは本人次第なのだが・・・・
あと一歩、なにかで迷っているようだった。

「せんぱい・・・すいません、まだ決められません」

少し申し訳なさそうな声を出して、彼は再び私に許しを請うものだから、
私は右手を挙げて、『いいよ』のサインを送った。
確か5分前も同じようなやりとりをしたような・・・・・。
まあいいけど。

こういうところを見ると、やっぱり年下だなあとしみじみ感じることが出来る。
仕事なんかだと、逆にリードされたりサポートされたりすることも結構あって、
年上のおねーさんの面目が立たない部分もあったりしたんだよね。
普段仕事をてきぱきとこなしていく彼をいつも見ていたので、こうやって悩み苦しむ彼の姿は意外だった。
見ていて結構面白いので、私の口元は自然と緩んでしまう。

「お決まりですか?お客様?」

少し意地悪な声をかけると、『茶化さないでください!』なーんてむくれてくるから、からかいがいがある。
結局それから5分後、私が薦めたストライプのシャツをレジに持っていって、お会計をする彼の姿が見られたのだった。

あまりにも面白かったので、店を出てからもその話題で私は彼をいじりまくってしまった。

「ちょっと先輩!笑いすぎじゃないですか!??」

「ごめんごめん、意外でつい面白くて。気に障ったなら謝るよ」

「そんなに意外ですか?」

「うん、普段仕事ではそんな雰囲気ないもん。私もよくサポートしてもらっているし、頼りになるし」

これは私の本音なのだが、彼はそんなことないですよ、なんて言って謙遜をするから、
なんだかんだ言って、やっぱり年下だよな、とここでも感じることが出来る。
だけど、これは私の本当の気持ちだから、自信持ってほしいな。
だから・・・・

「そんなことあるの!自信持ちなって!」

自然とこんな言葉が出てきた。
すると、

「・・・・・ありがとうございます」

彼は照れたように笑ってこう答えてくれた。
・・・・・とてもいい笑顔だった。


*****

午後8時。
彼と夕食も一緒に済まし、私は家の前まで車で送ってもらっていた。

「楽しかったよ、ありがとね」

私はすこし、ニッと笑って彼にこういうと、いえいえと返事が返ってくる。
じゃあまた明日ね、と言って私は彼と別れた。

家の玄関に上がると、疲れがどっと出てきてしまった。
朝の9時から午後6時まで、一日中はしゃいで結構体力を使ったこともあるだろうし、
帰りの車内は無言になることが多かったこともあるだろう。
無言の車内って結構気まずくなってしまうから、話題を探そうとがんばってみたものの、
話しつくしてしまったことも多く、会話は途切れ途切れになってしまっていた。
そこでかなり精神的に気を遣ってしまったに違いない。

いつものように、お風呂にお湯を張りながら、部屋着に着替えて、パソコンの電源をつけると、
ああ、なんだかいつもの日常に戻ってきたな。と否応なしに実感してしまう。

今日阿佐君と過ごした、非日常。
次の約束は特にしていない。
もう次はないのかも。

そんなことを思ったらなんだかちょっと寂しくて、やるせなくなってしまった。

だけど別に彼に会えないわけではないのに・・・・なぜ?

私は気持ちの整理がうまく出来ずにいた。

なんなんだろう、この気持ちは。

*****

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