桜の花びらで敷かれた絨毯の上、確かに彼はそう言った。
「僕と一緒に買い物行きませんか!??」
すこし熱めのお風呂につかっていても、今日のその場面が何度もフラッシュバックする。
彼、阿佐慶太朗はその時どんな顔をしていたのかさえ思い出せない。
お誘いを受けた後に、どうやって帰ってきたのかもよく覚えてない。
思い出そうとするとドキドキして、変になってしまいそうで。
現に、その後にあった部活には全く集中出来なかったので、仲間をケガさせてしまい、監督に大目玉を食らってしまった。
そういう経験が豊富な人は、なんてことないかもしれないけど・・・・。
21歳にもなって恋愛経験がほとんどない私にとって、これは破壊力抜群の事件であった。
頭の中がぐるぐるしてしょうがない。
男の人と2人で出かけるなんて、私はどうしたらいいんだ?
その事実が私の頭の中で大混乱を起こしているのだった。
*****
「先輩はどこに買い物行きたいですか?」
翌日のバイト中、受付にて、阿佐慶太朗は朗らかに尋ねた。
その顔にはきらきらとした満面の笑顔。
いつもの「ふんわり」でも「ブラック」でもない表情。
なに?新境地!?
突然会話を振られたので、私はかなり驚いたが、すぐに平静を装った。
「うーん、そうだねー・・・・この間出来たアウトレットモールなんてどう?」
少し悩んだ後、最近郊外に巨大アウトレットモールが出来たことを私は思い出した。
よいものが割と安く手に入るし、一度は行ってみたいと思っていたところだったので、ちょうどいい。
彼も、きらきらの笑顔を崩さぬまま「いいですねえ」と頷き、行く場所はすぐに決定した。
しかし、この笑顔は私にはまぶしすぎるよ・・・・
「じゃあ、僕の車で行きましょう!!」
「え!?車持ってるの!???」
「はい、一昨日買ったんです!一年の頃からバイト頑張ってたんで!!」
この笑顔の正体はこれだな!!念願のマイカーを手に入れたからか!!
私は妙に納得してしまった。だから、いつもとはちがう新境地を見せていたのか、と。
その笑顔はまるで、新しいおもちゃを買ってもらった子どものようで。
可愛らしい、と素直に思ってしまった。
「おい。城高、阿佐」
話に花を咲かせていると、嫌な響きの声。店長のものだった。
もしかしたら、私語のせいで怒られるかも・・・・。
そんなことを思いながら、思い切って振り返ると、店長の横には同年代の男の子が一人立っていた。
明るめの髪を、ワックスで思いっきり逆立てて、ちょっとヤンキーな感じ。
・・・・ちょっと怖くない?
しかし、意外にも、阿佐君はいつもに比べて少しやんちゃな声を上げたのだった。
「あれ?森中!?」
「うわ!!阿佐じゃん!!」
店長の言葉より早く、阿佐君がその子の名前を読んでいた。
どうやらこの二人、知り合いらしい。
「今日から同じ職場だぞ、阿佐」
店長はそれだけ言うと、男の子を連れて行ってしまった。
研修は基本的にマシンジムで行われるためだ。
しかも、どうやら自己紹介は不要だと判断したらしい。
いや・・・・私には必要なんだけど・・・・・まあいっか。
「ねえ、阿佐君、知り合い??」
「そうです。森中って言って、僕と同じ学科なんです。まあ、同じ文学科っていっても彼は英文学を専攻してますけど」
「え、英文学科??そんな感じには見えないんだけど」
「ですよね、ぱっと見、どっかのヤンキーみたいな感じじゃないですか?」
「・・・・・・確かに」
ぷっ!
お互い噴出してしまった。
少し本人には失礼だけど・・・・・まあ、いっか。
また、新しい仲間が増えたのだった。
ちなみに後日、森中君と話してみると、意外にきさくなやつだということがわかり、ほっとしたという後日談があったりする。
*****
『you got a mail』
彼とのお出かけが明日に迫った夜、私の携帯が鳴った。メールを受信したらしい。
初期設定のまんまの着信音。
メールとか、電話とか・・・・そんなコミュニケーションツールに関して、私はひどく無頓着だ。
メールの返信なんて1日後に出来たらいいほう。
着信履歴も相手からかかってくるまで放置。
あまりにもひどいので、佐知子には『本気で友達なくすよ』なーんて皮肉を言われる始末である。
別に携帯だけでつながっている人なんて友達なんかじゃない。というのが私の考えなんだけど・・・
どうも携帯命の佐知子にはわかってもらえないらしい。
うーん、めんどくさー
そう思いながらも、しぶしぶ携帯を開く。
「え??阿佐君!???」
思わず声を出して、送り主の名を呼んでしまった。
そう、阿佐慶太朗からメールをいただいてしまったわけである。
内容はこうだ。
『先輩!明日のお昼に食べたいものってありますか?僕お店探しておきます』
なるほど、事務連絡的メールですね。それならまだ大丈夫。返信できる。
『何してるの?』とかいう不毛なメールって苦手なんだよね。
私は『スパゲッティが食べたいな』と返信し、静かに携帯を閉じた。
いつもはめんどくさくなるメールも、彼から来るとちょっとうれしかった。
なんか、変なの。
そう、明日の9時が待ち合わせ。
明日は何を着ようかな。
やっぱりスカートのほうがいいかな?
久しぶりに化粧もしよう。
なかなかする機会もないし、たまにはしっかりおめかしをしないとね。
わくわくするような、少し不安なような。
複雑な気持ちだった。
・・・・楽しい一日になるといいなあ。
私は素直にそう思っていた。
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<人物紹介>
森中君
文学部のヤンキーっぽい人。
慶太朗の同期。
実はいい人なんです、何話後かにわかります。