「こんばんわー」
私がお客さんにあいさつすると、
「こんばんわー」
阿佐君が後を追うようにあいさつをした。
阿佐君とバイトが一緒になってから1か月。
彼は順調に仕事を覚え始めていた。
私が4日かかったことも、彼は2日でこなしてしまうのだからすごい。
頭の作りが違うよな、なんて思ってみたり。
その仕事の出来から、彼は受付業務に回されることが多くなった。
受付業務はマシンジム指導よりも、各段に仕事の内容が難しいので、初めから受付業務へ回されることはなかなかない。
彼の優秀さを物語っていた。
私も受付業務に回されることが多かったので、必然的に彼と一緒になることが多かった。
「よ、受付コンビ!」
体育科の友人である智実が受付にやってきた。私が学生の受付の顔だとしたら、
彼女はマシンジムの学生の顔である。
また、彼女は保健体育教育学科で、運動に対する価値観が会う無二の友人だ。
ついでに私と同時期にバイトを始めたかなり古くからの仲間でもある。
しかし、受付に顔を出すってことは・・・・・
「智実、マシンジムは放置?」
彼女は持ち場を離れているということである。
「いいってことよ!みんなエアロビ行っちゃうから、誰もいなくて暇なんだもん。
まど香も残してるし、だいじょーぶでしょ!」
智実はかなり大雑把であった。良く言えばおおらかとでもいうのか。
まあ、私が結構つっこみタイプなので、それ位でちょうどいいかもしれないけど。
まど香、というのは、阿佐君と同時期にこの店に入った体育科の後輩である。
彼女はフィギュアスケートでかなりいい線行っているアスリートだった。
しかし、それを鼻にかけないので、周りからの評判がかなりいい。
おまけにめちゃめちゃ美人。
さすがはフィギュアスケート。
「だったら更にだめじゃん。まど香かわいそうだし」
私がつっこむと、智実は「だよねー」と言い、笑顔で受付を後にした。
彼女、かなり天真爛漫でもある。
「智実さん、適当ですねー」
阿佐君が苦笑を漏らした。
ほんわかと笑いながら放たれる言葉は結構きつい。というか的を得ているというか・・・・
やっぱりブラック。
「ほんっとにね。だけど憎めないでしょ?」
私がおどけて言うと、彼も「そうですね」返してくれる。
彼がオブラートにつつまないものの言い方をするせいか、私も会話にはあまり気を使わないでいた。
普段、相手の様子を見ながら話をする仕事でもあるので、阿佐君の存在は私にとってとても楽だったりする。
実際、今まで受付に学生が居なかったというのもあるけど。
「そうだ!先輩!例のゲーム、どこまで進んだんですか??」
「いやー昨日は部活で疲れちゃってさー全然出来なかったよー」
彼には私の趣味(ネット・ゲーム)を既に打ち明けていた。
たぶんそういう関係は私の方が詳しい雰囲気だったけど、彼はひくことなく、私に話題を振ってきてくれる。
女子でそういう趣味をしていると、男子にひかれることも多かったけど、彼はそんなようではなかった。
本当に彼と話していると楽でいい。それだけで気が楽になる。
日々、部活につかれている私にとって、バイトは更に楽しい場所になっていった。
*****
家に帰ると、何よりも先に相変わらずパソコンを立ち上げ、ネットにつなぐのが私の習慣となっている。
こんな私を人は「ヲタク」扱いすることが多いんだけど、決してそんなではない。
別に変な方向に走っているわけでもないし。
と、携帯のバイブ音がなる。画面を見ると、佐知子からの電話だった。
とても嫌な予感がするが、友情の名の元に、私は電話に出た。
「もしもし、佐知子?」
「はーーーるうーーー!!!ねえ、聞いて!!!彼氏とけんかした!もう信じらんない!!!」
やっぱりね、またか・・・・・。
私は心の中で深いため息をついた。
佐知子はよく私に電話をしてくる。相談ごとだったりなんだりで。
今は深夜1時。普通なら電話は控える時間である。
まあ、彼女の場合は聞いてもらえば勝手にすっきりするタイプらしい(智実談)ので、聞き流すようにしているが、ぶっちゃけ私自身殆ど恋愛経験がないので、そんな相談ごとされても困るわけだ。
高校の時になんか一回しとけばよかったなあーってくらい、私は恋愛ごとに縁がない。
いろんな人に相談して見ると、「興味ないでしょ」「冷めてる」と良く言われる。
いや、そんな興味ないわけでもないし、冷めてるわけてもないと思うんだけど・・・・・
それでも他人から見ると、そう見えるらしい。
極めつけは「可愛くないわけではないのに、なんかとっつきにくい」というのが体育科男子の総合所見だそうだ。
興味ない?冷めてる?とっつきにくい???なにそれ??結構ひどくない????
今まで部活に生き急ぎ過ぎたのかどうなのか・・・・・定かではないが、地味に散々な結果である。
そんなことを考えながら、佐知子の話にうんうんとうなづくだけで、既に一時間は経過しただろうか。
話の内容はまったく頭に入ってこなかったが、最後に一言、「かわいそうだね」といったら彼女は満足したようで、電話はそこで終わった。
本気の相談ならば、私も分からないなりに親身に乗るが、彼女の場合がそれが1週間に2回3回が当たり前だ。
そりゃー親身に相談したくてもしたくなくなるよ。
正直私の貴重な時間を返してほしい。
一時間あれば、お風呂にゆっくりつかって、明日の準備が出来たはずなのに・・・・
だから女の付き合いってめんどくさい。心底そう思った。
部活がしんどいというのは、彼女、佐知子の存在も大いに関係している。
同期が2人しかいない上に、佐知子は誰かがいないと生きていけないタイプで、常に男をとっかえひっかえしながら、半同棲生活を送っている。
そんな彼女なので、実際一緒にいる友人である私にもべったりだ。
唯一救いなのは、彼女の学科がスポーツ科学科なので、講義が違うことである。
毎日事あるごとにべったりされるのは正直しんどいし、私だって他の友人と話したりなんだりさせてほしい。
だから、部活と言う直接的な関わりを立ちきることで、彼女との関係に距離を置きたいという気持ちも大きかった。
*****
「春さーん、暗いですねえ。どした?また佐知子?」
教職課程の講義中。智実が私に話かけてきた。
無意識のうちに暗ーいオーラでも漂わせていたのだろう。
講義といっても、小学校の教職課程で、畑を耕すという作業だった(総合的な時間に関する授業らしい)
だから私語をしようがなんだろうが、自由だったのだ。
無言で作業を徹底させるのは無理だと教授も悟っているのだろう。
「さすが、智実さん。ビンゴっす」
智実はよく私の気持ちを察してくれることが多く、佐知子の被害に対してもよく話を聞いてくれる。
もう私は智実には敵わないなーなんて最近良く思う。
恋人にするならこんな人がいいんじゃないかと思う時もある。
それを本人に言ったら「気持ち悪いって」なーんて茶化されたけどね。
「バイト終わってあれから電話。彼氏とけんかしたーーー!!!!で一時間だよ」
「あっちゃーいつものパターンですか!」
「ほんとだよねー」
二人でけらけら笑っていると、なんとなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「先輩!!」
ん??
後ろを振り返ると、ふわふわとした髪の毛に、笑顔。阿佐慶太朗その人が立っていた。
「阿佐君!!あれ?文学部なのに教職??」
「やだなあ先輩。言いませんでしたっけ?僕教員免許も取ってるって」
「いや、聞いてない」
いつものふわふわモード。お客さんやあまり慣れてない人の前で見せる姿だ。
智実がいるからかな?と私は思った。
「智実さんも一緒なんですね」
「阿佐ちゃーん、今気づいたの!!?ショック!!」
「いやいや、そんなことはないですよ」
彼が授業を受けているなど、知らなかったが、それもそのはず。
教職をとる学生は必須の授業だったので、受講人数も多い。確か100人は居たはずだ。
和やかなムードで、結局授業の作業は3人で行った。
普段のバイトの愚痴やらネタやらで会話も弾み、なかなか楽しい作業となった。
*****
授業が終わってから、私と阿佐君は一緒に帰ることになった。
というのも、作業を行っていた畑が、キャンパスから少し離れた場所にあり、
直接家に帰った方が近いからである。
この授業の受講生なら、ほぼ全員がそうしているに違いない。
ちなみに智実は帰る方向が違ったので、別になった。
智実と別れてから、彼の顔つきが少し変わったことに私ははっと気づく。
常に穏やかでふんわりした顔つきから、表情が緩み、緊張が取れた顔になっていた。
そう、「素」の部分が見え隠れしているブラックモード(私が勝手に命名しているだけだけど)になったわけである。
彼の「変身」を目の当たりにして、私は思わず吹いてしまった。
「ちょ!先輩、なんでですか!?僕、なんかしました!?」
彼が少し顔を赤らめて言った。私は笑いをこらえるのに必死でしょうがない。
「だ・・だって、顔変わり過ぎでしょ・・・・・もしかして、智実のこと好き?」
からかったつもりが、彼は更に顔を赤くして必死に反論した。
「ち、ち、ちがいますよ!僕、智実さんの彼氏知ってますし!!」
「なーんだ、てっきりそんなことかと。だって、私と二人になった途端顔つき変わるんだもん」
ちなみに智実の彼氏は文学部で、阿佐君の研究室の先輩だということは周知の事実である。
「え!?そ、そうですか!?」
「うん、ちなみにバイトの時もずっとそうだよ」
えー!と彼は声を上げて照れる様子を見せた。
まさか無意識だったとは・・・・・
それぐらい顕著に切り替わっていたので、てっきり意識的にそうなっているかと思っていた。
「いや、その、なんていうか・・・。先輩と一緒にいると落ち着く感じがするんです。緊張しないって言うか・・・・」
「そうなんだ~」
しどろもどろになりながらも彼は会話を続ける。
私たちは自転車を押しながら、何気ない会話を続けた。
ああ、こうしていると、やっぱ年下って感じがするなあ。
私の方に主導権のある会話が多い。
まあ、内容的にはかなりブラックでシビアな内容も多いけれど。
温かくて、気持ち良い日だった。
農作業をしたせいか、うっすらと汗をかいていたけど、
その汗さえも風に当たれば気持ちよい感触に変わるぐらいで。
4月に咲いた桜が、ちらちらと散り始め、道路が桃色の絨毯のようでとてもきれい。
彼と私が歩くその時間も、穏やかで、やはり落ち着くもので。
このぽかぽかした感じ、やっぱり私は春が好きだなあーと感じる瞬間だった。
しばらく無言が続き、桜の絨毯の色の余韻を味わっていると、突然彼がこんなことを尋ねた。
「先輩は・・・・・その、彼氏さんとかいるんですか?」
「あれ?私言わなかったっけ。そういうのはないよって?」
私はすこし驚いたが、さらっと返事をした。
経験のない分、あまりそういうことを根堀葉堀聞かれても、答えられることが出来ないので、
出来るだけ話題を違う方向へ持っていきたかった。
21歳にもなって、ほぼ経験ゼロ、だなんて少し恥ずかしいし。
だからいつも、そういう系統の話になると、さらっと答えて、相手に質問をさせる暇を与えないようにして、自分から話題を振るようにしていた。
「ねえ!!」「あの!!!」
タイミングがかぶって若干気まずい。
ただ、ここは私が年上なので、ひいてあげようか。
ふと、そんな気持ちになった。
「阿佐君、先に」
だから私は後輩に会話を譲った。
「・・・・・・。」
「どした?」
「・・・・じゃあ、僕と、買い物。でも・・・いきませんか?」
「へ?」
私の頭がしばらくフリーズしてしまったことは言うまでもない。
とりあえず「・・・・じゃあ」ってなに!??
―つっこみたいところはいろいろあったけど、とにかく私は必死だった。
*****
~サブ人物紹介~
佐知子
普通の女の子。部活も頑張ってて、恋愛も私生活も頑張ってます。
ただ、友人を間違えてしまったがために、今回はうざがられるキャラになってしまいました。
気の会う友人は絶対他にいるはずです。
個人的に主もこういうタイプの人間は苦手ですが。
部活だけやってくれば生きてこれたという、一見厳しいようで、甘い世界で育ってきたので、
精神年齢も低めに設定しています。
智美
自由人。佐知子よりかどう考えても普通じゃない人。
だけど、その自由気ままさからか、人気が高い。
人脈も広く、春とは親友というわけではなく、ちょっと仲のよい友人程度の仲。
だけど、お互いそんな距離感で丁度いいんです。
まど香
体育科の後輩。まだしばらく出演予定がありません。
数話後で出します。
イメージとしてはフィギュアの有名選手。
なので、この物語の中でも、世界を又にかけている超有名人です。
ぶっちゃけ普通の大学生の生活してません。
じゃあ何でバイトに来たのかというと、施設でトレーニング理論を学び、実践するためだとか。
彼女のシフトは週1で3時間ぐらい。
そんなわけで、春の周りの関係はこんな感じです。
話に支障がない程度に、それぞれのエピソードも絡ませる予定であります。