ep1 The Spring is Coming
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今日も良い天気だった。

大学三年生になった朝。カーテンから差し込む朝の光を感じて、私はひとつ、伸びをした。
私の名前は城高 春。体育学部で教師になるために日々勉強している。
「春生まれだから、春」という、非常に安易な名前だが、自分では気にいっている。
(ちなみに妹は夏生まれだから「夏」という名前である)
春の季節はとても好き。あたたかくて、ぽかぽかしていて、そして何かが始まる季節。
なんだかわくわくしてきて、気持ちが上がり調子になる。だから私は春の季節も自分の名前も好き。

今日はいよいよ3年の授業が始まる日。

今年度はどんなことが始まるのだろう?

そんな期待に溢れる一日が始まった。


*****

「はーる!」
 

大学のキャンパスに着くと、スエット姿の女子に話しかけられる。体育科の友人だ。
ノーメイクにジャージ。体育科は男女関係なく、大体このような格好をしてキャンパスに現れる。
私だって例外ではない。
色気もなにもあったもんではないが、体育実技の授業がメインなので、それを考えると仕方ないと思う。
ただ、体育科の女子たちだって色気がないわけではなく、本気を出して私服を着ることだってあるし、化粧だってするんだけどね。
要は利便性と授業の内容の問題。
 

ちなみに体育科は大きく、「本気のアスリートたち」である体育学科、「運動が得意で能力が高い人たち」のスポーツ科学科、「体育教員志望の人たち」保健体育教育学科の3つの学科に分かれていて、授業の内容も異なる。
ちなみに教員を目指している私は保健体育教育。
体育学科とスポーツ科学科の人たちは本当に運動能力が高い人たちで、本気で世界を目指している人や、有名強豪校の各部エースたちがそろっているような感じである。
一方で私たちは高校で運動はやっていたけど、それよりも勉強メインの人たちが多く、まあ、要は一般人よりか少し運動能力があるくらいのレベルである。
 

私は中学からバスケットボールをやっていて、今も大学の競技部に入っているが、レギュラーなんてとんでもなく、部内の意見を調整したりなんだりかんだりのポジションである。
だから、今シーズンで部活なんて辞めてしまってもいいかなーなんて考えている。
もっと部活だけに縛られずに自由に生活したいというのが主な理由。

そんなことを考えながら、友人と一緒に一時間目の実技の授業のために体育館に向かった。

*****

週に4回は部活の練習がある。
土日はまた変則的だが、平日は午後5時からと決まっている。
溜息をつきたくなるほど、今の私にとっては面倒な時間だ。
私の部活は地域トップクラスの実力があり、強豪チームであるが、人数は少数精鋭で、各学年3~4人しか部員がいなかった。
ちなみに私の学年は2人しかいない。
しかし、人数が少ない割には高校での経験の差がとても大きくて、練習についていくので精一杯。
最近はいくらやっても報われない練習に、嫌気が差してきている状態だった。
自然とそれが顔に出てしまっているのか、チームメイトに気を遣わせてしまっている。

「春!笑顔笑顔!!」

同期(といっても1人しかいないが)の佐知子がきらきらと汗をかきながら私に声を掛けてきた。
彼女は体育科の中のスポーツ科学科で、地方の強豪高校のエースを張っていたすごい選手である。
だから、余計自分の実力のなさが目立ってしまう。
この人にはたぶん、「できない」という気持ちが分からないだろうな、ってくらいバスケの出来る人。
私生活も順調。まさに「毎日が楽しい女の子」って感じの人である。

私と言えば、バスケもそろそろ潮時、勉強はなんだかんだ言って普通にこなしているけど、
恋愛?なにそれ?みたいな感じだし、ネットとゲーム大好きだし・・・・。
なーんか、正反対だよね。
 

周りはみんな彼氏がいて、毎日メールして、たまにはデートして、楽しく過ごしているのが当たり前なのに、私はどうすればいいんだろう?
なんだか私だけ取り残されている感じがしてしょうがない。
別にネットとゲームがあれば寂しくはないんだけど・・・・・
最近はそんな悩みばっかり。

「城高ああ!!!!!」

そんなことを考えながら部活をこなしていると、あまり集中できなくて、プレーが雑になり監督からどやされる。
最近そんなことばっかりだ。

 

*****

「こんばんわ~」
 

 

私はお客さんに笑顔であいさつをした。
部活のない日はたいていスポーツクラブのスタッフとしてバイトをしている。
このバイトを始めて1年が経ったが、まだまだ慣れない部分が多い。

運動の事に関しては、一応体育科だし、飲み込むことが出来たんだけど、受付業務に関してはまだまだ慣れない。
ここ最近でやっと電話の応対や敬語をスムーズに使えるようになってきたところだ。
今まで味わったことのない、部活とはまた違う厳しい環境。
社会に出たら、きっとこんな感じなんだろうなって良く思う。

一方で、お客さんに顔を覚えてもらっているので、良くしてもらえることが多く、正直嬉しい。
一つ一つ仕事が出来るようになるたびに感じる達成感も大きい。
一緒に働いてる体育科の友達や後輩も多く、最近では普段部活で溜まっているストレスを発散できるよい時間である。

「おい、城高?」

声の低い店長に呼ばれて私はどきっとする。

何も身に覚えはないのだが、なんだか悪いことを注意されるような気分になってしまうのだ。 

「はい」

「今日から新人入るから、よろしくな」

私が店長の方へ視線を動かすと、一人の男の子が立っていた。
身長は私とそこまで変わらない(私が女子にしてはすこし高めではあるけど)。柔らかい顔つきで、髪の毛がふわふわしている。 

「阿佐 慶太朗です。よろしくお願いします」

彼はその柔らかい顔つきで私に会釈をした。
顔つきと同じく、声も柔らかい感じだった。
だけど、そのなりはどちらかというと計算されているような、そんな雰囲気の顔つきだった。
ある程度、「人前での顔」というものが作り上げられている感じがした。

「城高 春です。こちらこそよろしくお願いします」

それにつられて私も普段より朗らかに自己紹介をした。 

「お前の大学の1こ下だってよ。しっかりいろいろ教えてやれ」

と、ということは後輩だ。
でも体育科ではあんなに柔らかい雰囲気の男子はいない。
もっとがつがつしてる感じのやつらばっかりだ。
だから間違いなく違う学部なのだろう。
今までの男子とは少し違う雰囲気に、私はちょっと緊張してしまったのであった。

*****


その日バイトが終わって、家に帰ってきた私は、お風呂に湯を張りじっくりと体を温めていた。
体育科たるもの、体はしっかりといたわってやらないと・・・って言うのが私の持論だったりする。
温かいお湯につかっていると、頭が良い感じにぼーっとしてきていい気持ちだ。
そんな感覚が好きで、つい長風呂をしてしまうことが多い。

それにしても、今日の男の子・・・・・

阿佐君。

なんだか、不思議な雰囲気の男の子だったなあ。 

今日のバイトのことを思い出す。
お客さんも少なかったので、身の上話をいろいろとしたが、話が絶えることはなかった。

彼の学部は文学部で、日本文学を専攻している。
だけど、運動も一通りやってて、今は水泳サークルとバレーサークルを掛け持ちしているそうだ。
運動している雰囲気はあまりなかったので、ちょっと意外だった。 

始めはふんわりとした柔らかい笑顔だったのに、
「私は体育科だよ」と話をしたら、「ああ、そんな感じですよね」なんてにやっと笑って言われたりして・・・・・。
この瞬間、私の読みはやはり当たっていた。と確信した。
始めの「ふんわり」はある程度の「人前用」の顔であり、本来はこのニヒルな「ブラック」が彼の本質なのだ。
あの「ふんわり」とした優しくて柔らかい雰囲気に、だまされている人は多数いると思うが・・・・・。
まあ、初日で私に「ブラック」を見せてくれたので、多少腹を割ってくれてはいるに違いない。
だから、こちらもそこまで「余所行き」の顔をする必要もないので、一緒に楽しく仕事ができそうではある。

彼の初対面の印象はこんな感じだった。


*****


昨日新しい人との出会いがあったが、ろくにめかしこむこともせず、今日もキャンパス内をジャージで闊歩する。
そんな私の日常は変わることはなく。

春の午後の穏やかな気候。
吹いてくる風はどこか心地よくて、気持ちが軽やかになる。
肩ぐらいの長さで、ゆるいウエーブのかかった髪がふわふわと揺れてなびく。
洗濯物もよく乾きそうなよい天気。

一人でぼーっと歩くのも、悪くない。
せめて部活が始まるまではこのまま良い気分でいたいな。
自転車を押して今日は帰ろうか。
そんなことを思っていた矢先である。

「先輩!こんにちわ!」

ん??
私が後ろを振り向くと、そこには昨日出会った人の姿。
阿佐慶太朗その人であった。
バイトのユニフォームではなく、黒いセーターにチェックのタイトなパンツを穿いており、ぱっと見るだけでは彼だとすぐに分からなかった。

「私服だったから、一瞬誰だかわかんなかったよ」

ストレートに私がおどけて言うと、 

「そうですか?てか、先輩はジャージがキマリすぎです」

と、ふわっとした笑顔から一転、ブラックなジョークを飛ばして見せる。
私は「なによー」と言いながらも笑顔で返事をした。
うーん、やっぱりその見た目に反してブラックだよなあ。
私はしみじみと思った。 

「僕、実は先輩のこと前から知ってたんですよ?」

「え??そうだったの??なんで??」

意外な事を言われて、思わず焦ってしまう。
いや・・・私は君のことは昨日まで知らなかったんだけど・・・・。

「先輩って背は高いし、いつもバスケ部のジャージだし、だけど体育科っぽくない顔つきだし、特徴あるんですよ。しかも、さっきの講義、僕も受けてたの、知ってました?」

「え??ほんとに??・・・・知らなかった。ごめん。」

「いいんですよ、あれ、100人以上いるような講義だし。その中でジャージ姿の先輩はとっても目立つんです。だから知ってました。」

なんだか褒められているのか、なんなのかは良く分からないんだけど、
100人以上いる講義の中で私を覚えていてくれたのは素直に嬉しかった。

「だから昨日バイトで先輩を見たときにはすごいびっくりしました。うわーあの人だ!!って」 

「ちょっと!うわーってなによ?うわーって!!」

「変な意味じゃないですって!!ってああ!!次の講義が始まってる!!!!」 

「あーあ、年上をからかった天罰ですねぇ~」

私たちはからからと笑いながら、「それじゃあまた」と言って別れを告げた。
ダッシュで講義棟へ向かう彼。
その姿がだんだん小さくなったところで、私も校門に向かって歩き出した。

一昨日までは知らなかった人のはずなのに、向こうはずっと前から私の事を知っていた。
申し訳ないような、嬉しいような。
今までそんな経験がなかったから、ちょっと不思議な気分だった。
 

―私の変わらない毎日。それが変わり始めたと感じたのは、これからずっと後のことだった。

*****

<ひさしぶり!な主のあとがき>

てなわけで始まりました! simple&simple !
皆さんお察しの通り、この2人がどーにかあーにかなっちゃいます。
また、主人公が体育会系になってしまうのは、主がそっち系だったので、書きやすいという理由からです。
あしからず・・・・・。
さて、これから1悶着2悶着していきたいと思います!

そんなわけでキャラクター紹介
とりあえず今日はメイン2人を!
主人公の春以外は大雑把にいきます。
慶太朗に関しては、これから明らかになる部分がたくさんあるので、みんなで春の気持ちを共感しよう。

城高春 大学3年 体育教員志望 誕生日3月9日 バスケ部 O型

・基本的にひきこもり体質(笑)
・いままで恋愛にまったく興味がなかったんだけど、周りの環境的に最近興味を持ち始めた
・人間観察や当たり障りないコミュニケーションなんかは得意
・バイトでかなりの社会勉強をしているため、考え方は成熟していて、基本的には大人
一人で生きていけない、他人に依存して生きていく人間だけは嫌い
それだけは許せないらしい
・イメージとしてはとても淡白で、執着心のない感じの子
 顔はそんなに悪くないのに、あっさりしすぎていて、向こうから引かれてしまう感じです。

阿佐慶太郎 大学2年 文学部 誕生日4月12日 A型

・当たり障りがいいように見えて、実は腹黒男子
 裏で何言ってるかわからないタイプです。こえー。
 だけど基本的に悪い人ではないし、礼儀正しい人です
 外見と中身が一致してない人っているじゃないですか、そのイメージです

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