「ええっと・・・ここはどこ?」
時は11月の連休中。
車の後部座席で真穂がぼそっとつぶやいた。
寝起きのため、声がかなり不機嫌なんだが気にしない。
「どこも何も、車の中じゃーん」
運転しながら親父が答える。
その前に車に乗せられる時点で気付けよアホ野郎。
お前抱えて車に乗せるの結構つらかったんだぜ?
なんたって重・・・いや、なんでもない。
てか、ひょうきん親父が出てくんのも久しぶr・・・・・いや、なんでもない。
「だからなんで車の中にいるの?しかも・・・寝巻で」
「これから、長野のばあちゃんちに行くんだ」
「は?」
・・・・・なんでそうなったかっていうと、2週間ほど前の出来事が発端だった。
俺の両親が真穂の母親にバレたのだ。
つまり、俺が高田菜穂子と上坂浩司の子どもであるということが。
そのため、親父は現在離婚調停中で別居状態。
うん、まあその・・・なんだ。
要は最悪な出来事だったわけだ。
今日はその報告に親父の実家に行くらしい。
親父たちの別居でいろんな環境が変わった。
まずは家事を行う人がいなくなったので、俺と真穂で掃除・洗濯・炊事・ごみ出し当番を割り振るようになった。
正直受験生である俺達にはしんどいんだけど、生きていくためには仕方がない。
ぶっちゃけ親父暇なんじゃね?っていう疑問もあるんだけど、稼いでくれてる人だから気にしないでおく。
まあ腐っても教授だし。
「で、私この格好でいいんですか?ばあちゃんちにいくのに・・・・・」
「そう思って、服をいくつか持ってきたから、そっから選べ」
そんなわけで、突然行くことになった親父の実家。
長野県。しかも軽井沢。
じいさんも有名な医者で、親父の家系自体が医者一族らしい。
親父は6人兄弟の末っ子だったので、あまりしがらみはなかったようだが、
兄弟全員が医療関係者だという話である。本当にあるんだな、そういうの。
半分別荘みたいな家だっていうのが親父の弁だ。
てか、いわば妾の子である俺が家に上がっていいのかどうかとか、
俺の存在認められてるのかとか、めちゃめちゃ心配なんだけど・・・・。
とにかく連れてこられたからにはしかたない。
とりあえず当たって砕けるしかない。
「なあ、真穂。ばあちゃんとじいちゃんってどんな人なんだ?」
「えー・・・なんつーか。超ファンキー?」
ファンキー・・・・・だ・・と?
*****
「母さん、俺だ、浩司だ。帰ってきたよー」
親父がドアホンを押して帰省を告げている。
一方俺は上坂(祖父母)家の豪華さに言葉を失っていた。
順平の家もかなり豪華なんだけど、ここはそれ以上だった。
まるで日本庭園のような家で、池には鯉と鹿脅し。
緑が濃い庭ときれいに並べられた石畳。
・・・・いやあ、これはもう次元が違う。
「お帰り浩司」
扉が開き、現れたのは、着物に身を包み、馬のお面をかぶった女性。
そう、馬。馬、馬・・・・・。
え!?馬!?
「ってえええええええ!!!!!」
俺は思わず叫んでしまった。だって、馬って、着物に馬って・・・・。
「だから私言ったじゃん。超ファンキーって」
だからってファンキーにも程があります。
この母にこの子あり・・・か。
「おお。浩司、帰ったか」
奥から男の人の声が聞こえた。
現れたのはレスラーの格好をした壮年の男性。
「おお、オヤジ!ただいま!!」
ってええええええ!?
まさかじ い ち ゃ ん も で す か ?
ていうか、お前らなんかリアクションしてやれよ、なんだかかわいそうだろ。
俺、もうやだこの一族。
若干親父の子に生まれてきたことを後悔したくなる瞬間だった。
*****
「で?お前なんだ、改まって話って」
服を着替えた祖父と、馬の面をとった祖母。父と拓海と私。
5人で向かい合ってお茶をしていた。
畳の匂いが強い部屋で、最高級のお茶と和菓子。
うーん、ばあちゃんちには中学の時以来来ていないけど、全然変わらないなあ。
そんな中、祖父がとうとう話の核心に触れた。
そうそう、今日は母さんと父さんの離婚について話をしにきたのだ。
「うん、そうそう、俺そろそろ京子と離婚すると思う。」
は?ちょっとお前突然過ぎだろ!!
だからいきなりズバッと重要な事を言う癖直せよまじ!!
「あーそう。まあ、いつかそうなると思ってたわ」
いや、ばあちゃんも軽っ!
「あの女ならこちらとしてもいつ別れてもよかったし」
え?なに?母さんに対してそんな認識なんですか?
それはそれでちょっとショックなんですけども・・・・・。
「あ、紹介するの忘れてた。これが菜穂子の子、拓海だ」
いや!てか忘れんなそこが一番大事だろ!?
「ああ、君が菜穂子さんの子だね!話は聞いてるよ。いやあ~一度お目にかかりたかったんだ」
「あ、はあ。よろしくお願いします」
拓海、お前ももう少し疑問持て。雰囲気に呑まれるんじゃねぇよ。
じいちゃん、今気づいたみたいだけど、むしろ初めから気付こうよ。てか気づくだろ普通。
ん?祖父祖母も菜穂子さんのこと知ってるの?
なんとなく腑に落ちないな・・・・。
・・・・父はまだいろいろ私たちに隠していることがあるんじゃないかって気がする。
まあ、当たり前って言ったら当たり前、かもしれないけど。
「よーし、報告終わり!!街探索に行くぞ!!探索!!!」
「は!?え!?もう!?」
なんだかもう親とか関係なしにツッコんでしまうわ。
「ああ、言うこと言ったし。親父~質問ある!?」
「いや、ない」
だからじいちゃん、ちょっとは疑問に思ってくれよ、いろいろあったんだよ!
「母さんは?」
「いや、ない」
だからばあちゃんもそっくり同じリアクションするなっつの!!!
しかし私の心のツッコミも悲しく無視され(当たり前か)、私たち家族3人で軽井沢散策に行くことになったのだった。
*****
「うわああああ、すごいいっぱいのお店!」
軽井沢町内、アウトレットショッププラザ。
真穂が目をキラキラさせて周りをきょろきょろする。
そんなこんなで、親父にいろいろ観光地へ連れて行ってもらった後、
一番最後に来たのがこのアウトレット。
軽井沢のいろいろな観光地を巡ってみて、
長野県って田舎ってイメージがあったんだけど、なんというか・・・・品があるなと思う。
親父曰く、軽井沢はまた特別だっていう話だけど。
俺らにとって山とか自然って野暮ったいイメージだったんだけど、ここの自然は品がある。
俗な言葉だけど、美しいという言葉が似合うな。
ところによって雪がすごかったり、寒さが厳しかったりするみたいだけど、
将来俺もこんなところに住みたいなあ。
なんて思ってみたりする。
3人でアーケードをぶらぶらしながら、それぞれほしいものがありそうな店に寄っては品物を物色する。
とてもゆったりと流れる時間。
最近なかなかこうやって3人でゆっくりすることなんてなかったから、ほっとする。
京子ママさんに俺の出生の秘密がばれた時、俺はかなり取り乱した。
俺がこの家族をめちゃくちゃにしたっていう罪悪感が重かった。
だけどそうやってやさぐれて、荒れた俺を、真穂も親父も何も言わず見守り続けてくれた。
はずかしいけど、正直俺このまま親父から縁切られるかと思ったし。
実はそれくらい追い詰められてたんだ。
だけど、2人が、お袋が俺を家族と認めてくれたから、今こうしてなんとか立ち直ってきている。
ほんと、よかった。
*****
「ねえ、父さん。聞きたいことがあるの」
「なんだ?」
アウトレットからの帰り際、私は重い口を開く。
本当は聞いちゃいけないことかもしれないけど、でもいつか知らなければならないことだと思うから、今聞いておく。
「おじいちゃんとおばあちゃん、なぜ菜穂子さんのこと知ってるの?」
拓海も父さんもはっとしてこちらを向いた。
いや、拓海、お前は気づいておけ、人として。
「今までの話からしてみて、ちょっと不自然。普通妾の子である拓海にあそこまで歓迎ムードにはならないでしょ?」
「確かに、俺もちょっとあれって思ったんだよな」
だったらお前からも聞けよアホ。
なんて悪態をつきたくなるんだけど、最近の拓海は荒れてたので、そこまでは言えなかったり。
「・・・・・・・・」
父は押し黙ったままだ。
やっぱ・・・・まずかった?
数分、沈黙が続いた後、父がやっと口を開いた。
「あせんな、いずれ話すから、もう少し待ってろ」
・・・・だんまりか。
私はため息をつきながら、はいはい、と了承する。
とりあえずまだまだ私たちの出生関係には秘密が沢山あることが分かった。
そして、それを知るのはもう少し先のことになるようだ。
だけど出来ることならもっと知りたい。
というか隠されて小出しにされるとなんだか嫌な気分だ。
早くすべてを話してほしい。
母親と妹を失った私だ。
もうなにも失うものなんてないだろう。
なんとなく論理的に合わないピースがいくつもあって、
まだすべてがいまいち納得できない。
私の心の中にはもやもやが渦を巻いて回っている。
*****