燃え盛る炎、溶けそうになるほどの灼熱。
四方を炎で包まれた細長い道を、オレはずっとさっきから走り続けている。
熱い!!
なんだってんだ、この熱さ!!!
『ショウ!!逃げるのよ!!早く!!』
足元で誰かの声が聞こえる。
逃げろだと?どういうことだ?
ふと、地面を見ると、女と男ががれきの下に埋まっていて、動けなくなっていた。
『お母さん!!』
・・・・お母さん!?
自分の声は思ったよりも高く、幼いものだった。
『ばかやろう!!早く走れ!!俺たちのことはいいから、早く!!』
今度は女の隣に居る男が叫んだ。
『お父さん!!』
半べそ掻きながらもオレは父と思われる人を呼んでいた。
がれきに足を取られている彼らはここで見捨てたら、きっと命を落としてしまうだろう。
このがれきを動かせるぐらいの力があればいいが、大きすぎて無理だった。
すると、戸惑っているオレを追い立てるように、後ろから炎の壁が迫ってきた。
熱が更に強くなる。
・・・・熱い。
畜生!!!!!
『ああああああああ!!!!!!!!!!!!!』
両親の命とオレの命。
どうしていいのかオレは分からず、いつの間にか駆け出していた。
まるで、命令に従っただけだと自分に言い聞かせるように。
それはまるで敗者の逃走のようだった。
*****
「・・・・うわああ!!!」
がばっ!!と体を起こすと、そこはオレの部屋。いつものベッドの上だった。
しかし、パジャマ代わりに着ていたスウェット上下は、オレの冷や汗をたっぷりと吸い取り、
まるでぬれ雑巾のようになっていた。
・・・・・悪い夢、見ちまった。
さっき見た悪夢のせいだ、と深くため息をつく。
最近同じような夢を見ていた。
―両親だと思われる男女を、炎の中に置いていく夢。
オレ、親の記憶なんてないのにな。
おかしなもんだ。
そう、オレには両親の記憶がない。
顔とか、人柄とか、名前とか一切覚えていないのだ。
12歳の時、オレはさびれた街の道中で倒れているのを発見された。
名前や年なんかははっきり言えたんだが、
なんでここにいるんだとか、どこの生まれだとか、家はどこにあるだとか、以前の記憶を一切失った状態だった。
そこから運よく世話好きな刑事さんに連れて行かれ、面倒を見てもらっていたが、
さまざまな大人の事情から、孤児院に放り込まれた。
その孤児院では、「先生」の厳しい愛の鞭を散々食らい、一丁前に大きくなった。
そして成績もそこそこだったオレは、それなりの大学へ進学し、
ジャーナリストの卵として、雑誌の記事を書いたり、旅に出たり・・・・と、
現在、裕福ではないものの、貧乏よりかちょっとマシな生活をしている。
後々の調べによると、両親は何者かに殺されたらしく、
どうもオレは殺人犯から命からがら逃げ出すことができたらしい。
そして逃げている途中であの街に辿り着き、力尽きたのではないか、
という話になっているが、あくまでも推測論に過ぎない。
また、オレの名前をよくよく調べてることで、生まれ故郷もはっきりと分かった。
だから、過去を振り返ろうと思えば向き合うことができるだろう。
自分の過去に興味がないわけではない。
しかし、それをオレが敢えてしないのは、今の生活に十分満足してるからかもしれない。
「あら、ショウ。起きたのね。ずいぶんうなされてたみたいだけど?」
お世辞にも広いとはいえないキッチンから出てきたのは、
オレの孤児院時代からの幼馴染・・・というか、腐れ縁の女、アンナ。
こいつは何かに連れてオレの世話ばかりしやがる、随分と身勝手な女だ。
恋人関係にあるわけではない。
オレたちの間にあるのは、腐れ縁と体の関係だけである。
そう割り切っているにも関わらず、こいつはまるでオレの女と言わんばかりに身の回りの世話を焼いてくる。
「お前、そういうの辞めろって言わなかったか?」
「何が?」
しれっとして聞いてくるこいつは完全に確信犯である。
オレは思わず悪態をついた。
黙っていればとても美人だ。
栗色のロングヘアーにぱっちりとした目。
パーツがくっきりした目鼻立ちには、濃いメイクも良く似合う。
笑顔はまるで大輪の花のようだ。
それから長身であり、スレンダーでありながらも出るところはしっかりと出ていて、
オレとの体の相性はばっちりである。
しかし、その美貌に寄せられる男をとっかえひっかえし、
まるでゲームのように恋愛を楽しむ彼女には嫌気が差す。
それでも、オレが彼女との関係を切れないのは、
どこか幼馴染の情があったり、女に飢えていたり、様々な諸事情があるからだ。
「そうやって、オレの世話を焼くことは余計なお世話だと言っているんだ」
「あら?一晩お世話になった人に、トーストとコーヒーを淹れてあげるぐらいはしてもいいじゃない?」
「・・・・勝手にしろ。オレはすぐ仕事に行く。とっとと出てけ」
「ショウったら、つれないのね」
強気に出るオレに対して、臆することもないこの性格は嫌いではない。
だが、こいつとは体の関係。
それだけだとお互い割り切っていた。
まあ、こいつのいいところは、引き際をよく分かっているところだろう。
オレが本気で嫌がっているのを察知して、アンナはいそいそと帰り支度をし始めた。
後腐れしなさそうなその性格だからこそ、この関係は成り立っている。
「じゃあ、また暇になったらメールして。いつでも会いに行くわ」
そう言いながら、玄関を後にする彼女を部屋からとっとと追い出して、
コーヒーを淹れながら一息ついた。
今日、仕事があるのは確かだが、朝からではない。
あんなの、女を追い出すだけの理由でしかなかった。
しかも、仕事と言っても、記事の仕事。
編集者と打ち合わせをするだけで、あとは家でコツコツと原稿を仕上げるだけである。
日々のイライラが募ることはあっても、それは些細なことで。
刺激を与えるスパイス程度のものだった。
以前はやんちゃもかなりしたことがあったが、そんなオレも25歳になってだいぶ落ち着いた。
だから、これから少し騒々しくも、穏やかな毎日が続くもんだ。と思っていたのだった。
しかし、これから出会う一人の人間によって、
人生がいろいろ狂わされる羽目になることを、この時のオレはまだ知らなかったのだった。